豊後街道を辿る その15

豊後街道を1km程進み、県道149号(河陰阿蘇線)に入った所の左手に97段の階段があり(左画面)、これを登り切ると、中画面のようなステンレスで出来た弓の模型がありました。その100m程先に大きな石が見えます。これが弓の的になった石のようで、「的石」ということでしょう。この的石はこの地区の地名になっていますが、この的石にまつわる「鬼八伝説」という神話があるとのことです。

的石の大石から、豊後街道を1.6km程進むと、阿蘇市狩尾地区に至り、街道の左に産神社の鳥居がありました。「うぶすなはし」(中画面)を渡ると、産神社(うぶじんじゃ)があります。この神社は、お乳の神様「豊玉姫」を祭神する神社で、200年程前に建立されたそうです。神社の湧水をもらっておかゆを炊くと、乳の出が良くなるという言い伝えから妊婦、縁結び、子宝、安産を願って参拝する人が多いと言われています。手前の大杉は、高さ20m、幹回り3mで阿蘇市の天然記念物です。

左画面は、「乳水(ちちみず)」と呼ばれる乳白色の水が数年に一度湧く湧水です。中画面は、「産土橋架設祈念碑」で、右画面の標柱には、産神社前眼鏡橋産土橋(うぶすなはし)、阿蘇町指定有形文化財(建造物)と書いてあり、回りにはその眼鏡橋を構成していた石が転がっていました。つまり、産土橋は石製の眼鏡橋が崩れ、新たに土橋が架け換えら、眼鏡橋の残骸すなわち、阿蘇町指定文化財の建造物が残されていると言うことのようです。

産神社から300mほど進むと県道149号沿の道路の左手に小さな祠がありました。更に100mほど進むと九里木址の標柱がありました。ここから更に1km程進むと、狩尾に至り、左手に分岐する小さな道があります。これは、文化庁が選定した歴史の道の一つで、旧豊後街道の遊歩道が3kmほど続くようですが、車で行けなかったため残念ながら割愛しました。

豊後街道を辿る その15” に対して1件のコメントがあります。

  1. 武田智孝 より:

    記事は大変興味深いのですが、更に欲を言えば豊後街道のGoogle地図などを載せていただけたらもっと分かり易くなって良いのではないかと思うのですが。
    https://www.google.com/maps/search/豊後街道+マップ/@32.9027999,130.794441,10z?hl=ja&entry=ttu
    ところで入院は手術のためでしょうか。どこの病院ですか。

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