豊後街道を辿る その11

豊後街道は五里木跡からミルクロード(県道339号)に入ります。3.5km先進むと、上記の清正公道公園の入り口があります。訪問当時は、左画像の通り石畳が見えないほど荒れていました。右の画像は、大津町ホームページからお借りした園内の清正公道です。正に、立派な堀切道になっており、ここにも周到な清正公の防御対策が取られています。

清正公道は、豊後街道の内、大津町から阿蘇郡の二重峠(ふたえのとうげ)までの道を指します。

六里木跡は清正公道公園の入り口から400m程先にありますが、この標柱には、「大津町教育委員会 昭和56年(1981)1月吉日」とありました。その脇には「記念碑」が建っており、これは大津町新小屋区長であった佐藤春雄氏が昭和51年から21年間の功労に対する感謝を示す記念碑のようです。平成9年(1997)に建立されたようですが、この年は山一証券や拓殖銀行等の大手企業が破綻した年です。こんな立派な記念碑が建立されたのもバブル絶頂期の名残に思えてなりません。

六里木跡から850m先で県道339号を左(北)へ行く道がありますが、豊後街道はここを通り、この辺から上り坂が段々強くなり、途中で舗装道路から別れ、右の山道(中画面)に入りますが、これが堀が谷参勤道(豊後街道)です。この道には踏み込めませんでした。実際に通行不能だったようです。この「堀が谷参勤道」標識(左画面)の反対側に七里木跡の標識(右画面)があったようですが、見落としてしまいました。

いよいよ二重峠にさしかかります。

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