祖厚禅師 辞世

熊本大学附属図書館所蔵 高見家文書 #6060
    辞世   辞世の句
帰るな李 見つる小蝶の 夢さめて帰るなり みつる小蝶(胡蝶)の 夢さめて
地水火風乃 毛との住家耳地水火風の もとの住家に
道人身世興雲閎出岫無心道人は身世を興し雲は広く無心にして岫を出ず
只任風長壽百年何是顧只風に任せ長壽百年これ何を顧みるか
煙消火滅夢還空煙消えて火は滅し夢は空に還る
      髙林泉 印      髙林泉 印

祖厚禅師は、大正6年9月30日午前2時45分に、長崎県南高来郡島原村魁で亡くなりました(享年75歳)。

上記の画像は、当時の辞世の和歌と漢詩です。

2行目、 「見つる(みつる)」=やつれる。 3行目「地水火風」は、仏教で一般的に色法(しきほう)、すなわち、あらゆる物質的存在を構成する四種の元素として説くもので、地は堅さ、水は湿りけ、火は熱さ、風は動きを本質とします。 4行目、 「道人(どうじん)」=世俗を捨てた人。隠遁生活をする人。 「身世(しんせい)」=その人の経歴や境涯。身の上。 「岫(ゆう)」=洞穴。山の峰。 6行目「髙林泉」は、祖厚禅師の雅号です。

【意訳】

(和歌)

京都の大徳寺高桐院から、隠遁生活を終えて帰ってきた、やつれた弱々しい蝶は、夢から目覚めて、地水火風を本質とした昔の生活を取り戻した。

(漢詩)

仏道修行をしている人は、その経歴を興し、雲が自然に山の峰から湧き出ているように、悠々自適の生活を送る。ただ風に身を任せ百年もの長生きで何を顧みると言うのか、煙は火を消し、夢は空にただ還るのみ。

以上、この頁を以て「くずし字解読」のテーマを、ひとまず終了します。次回からは「豊後街道を辿る」と題して参勤・就封の最短ルートとして整備されてきた史跡の見聞記をお送りします。

祖厚禅師 辞世” に対して2件のコメントがあります。

  1. 武田智孝 より:

    「小蝶の夢」、普通は「胡蝶の夢」ではないでしょうか。
    「夢の中で胡蝶としてひらひらと飛んでいた所、目が覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも実は夢でみた蝶こそが本来の自分であって今の自分は蝶が見ている夢なのか、という説話」(以上ネットから引用)を踏まえていると思うのですが。

    1. 高見洋三 より:

      武田智孝様
      コメントありがとうございました。ご指摘の通り、「胡蝶」が正しいと思いますが、この原文は、石碑が透写されたように思われ、石碑自体が誤植された可能性があります。別の文献では、「胡蝶」と解説されていました。

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