伊勢参宮日記 その18

熊本大学附属図書館所蔵 高見家文書 #5018-1
二月一日晴。風浪あしき多め、室積ニ休泊、上陸春。2月1日晴れ。浪風が強かったため、室積港に寄港、上陸した。
船中の人、皆散歩。一酌須。興味多し。帰船猶一酌須。船に乗っていた人々は皆、散歩をした。一杯飲んだ。珍しい風景だ。船に帰ってからも又一杯飲んだ。
二日晴。順風可㐂。午后八時過博多着船、石田宿、2日晴れ。風が治まり嬉しい限りだ。午後8時過ぎに博多に着船。石田という宿に泊まる(?)。
津田同行、一酌、臥床。津田も一緒だ。一杯やって床に入った。
三日晴。午前、住江、杉山を訪問。杉山父、灌園老人ニ逢。3日晴れ。午前中に、住江(常雄)と、杉山(茂丸)を訪問した。杉山の父、(杉山)灌園老人に逢った。
夫婦大ニ㐂ひ如旧知、老人古武士之風あり。夫婦共に大いに喜び旧知の間柄の様に親しく接した。(灌園)老人は古武士の風情が感じとられた。
憂國之情、言外尓あら者る。閑談の後、帰宿。国を憂える感情は、言葉にせずとも察しられた。もの静かに会話を楽しんだ後、宿に帰った。
夕、杉山、茂丸、住江常雄來、話、一酌。夕散春。夕方、杉山、茂丸、住江常雄が来て話をし、酒を飲んだ。夕方解散した。
四日出發。夕、熊本ニ着。4日いよいよ熊本向け出発した。夕方、熊本に着いた。

1行目の「室積港」は、山口県光市室積にある港です。時化のため、臨時に停泊したようです。珍しい景色は、恐らく御手洗湾を形成する象鼻ヶ岬ではないでしょうか?

5行目の「住江(常雄)」は、熊本の党派の一つである敬神党のメンバーで、紫溟会に所属していました。又、杉山灌園老人は、古武士の風情があると記載されていますが、当時髷を結っていた可能性があります。

2月3日の晩に。どこに泊まったかは明記されていませんが、4日のその日のうちに熊本に着いています。地図では博多港から熊本城まで、108kmの距離があります。往路では一泊二日を人力車で移動しましたが、帰路は一日で移動していますので、恐らく同様に人力車を利用したものと思われます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です