松の落葉 その34

        海    路

321

春のうみ浪たゝぬ日は大ふねのゆたのたゆたの物思もな志
春の海浪立たぬ日は大船の寛のたゆたの物思(ものもう)もなし

注) ゆたのたゆた(寛のたゆた)=心が不安で揺れ動き、定まらないでいるさま。 物思もな志(ものもうもなし)=あれこれと物思いにふけることもない。

322

眞帆ひきて走る船路はめのまへの千島八十島跡にな志つゝ
真帆引きて走る船路は目の前の千島八十島跡になしつつ

注) 眞帆(まほ)=順風を受けて十分に張った帆。 千島八十島(ちしまやそしま)=数多くの島々。

        竹むら風すゝ志

323

夕月のかけもさはらぬ若たけのつゆふきみたす風のすゝ志さ
夕月の影も触らぬ若竹の露噴き満たす風の涼しさ

注) 竹むら(たけむら・竹群)=竹藪。竹林。

        川面のほたる

324

さきになりあとに後れて川つらをこゝろ/\にとふ螢かな
先になり後に後れて川面を心々に飛ぶ螢かな

注) 川つら(かわづら・川面)=川の水面。かわも。川のほとり。 こゝろ/\に(こころごころに・心々に)=それぞれめいめいに。思い思い。

        うき寐のなみ

325

なみの音を正面にうけて懸船斯る夜半をや浮寝といふらむ
浪の音をまともに受けて懸かり船斯かる夜半をや浮き寝と言うらん

注) 懸船(かかりぶね)=繋かり船。停泊している船。

        あからさまなる

326

行かひのたゝ假初の一夜にもなほ千代かけて契り於かま志
行き交いのただ仮初めの一夜にも尚千代掛けて契り置かまし

注) 行かひ(行き交い)=往来。つきあい。交際。 假初(かりそめ)=その場限りであること。 千代(ちよ)=非常に長い年月。 契り於かま志

(ちぎり置かまし)=約束をしたいものだ。

        蛙のうたの中にて

327

みつもなく櫻ちり志く山の井のはなにうかれて蛙なくなり
水もなく桜散り敷く山の井の花に浮かれてかわず鳴くなり

注) 山の井(やまのい)=泉や地下水をためた水汲み場。

        雪のうたの中にて

328

吹にふく嵐に今朝はかきよせてなさぬになれぬ雪の志ら山
吹きに吹く嵐に今朝は掻き寄せて成さぬに成れぬ雪の白山

329

ほの/\と白み行くよのそれさへも猶待遠き今朝の雪かな
ほのぼのと白み行く夜のそれさえも猶待ち遠き今朝の雪かな

        羈旅の歌の中にて

330

みにそふはすゝり墨筆たひのうさ忘るゝくさの煙のみなり
身に添うは硯墨筆旅の憂さ忘るる種の煙のみなり

注) 羈旅の歌(きりょのうた)=旅情を詠んだ歌。 墨筆(ぼくひつ)=墨と筆。 くさ(種)=何かを生ずる原因・材料。

 

松の落葉 その34” に対して2件のコメントがあります。

  1. 武田智孝 より:

    323「つゆふきみたす」は「露吹き乱す」ともとれるのでは、と思うのですが。
    330「忘るゝくさの」の「くさ」からは旅と関連の深い「草枕」の草をも連想するのですが。
    いずれも自信はありません、ただの思い付きです。
    ところで、
    目の調子はいいようで安心しました。

    1. sokei より:

      武田智孝様
      コメントありがとうございます。
      323 ここは、靜かな句ですので、これでよろしいかと。
      330 むずかしいです。

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