松の落葉 その33
天 草 に て
310
碇あくる | 音にうきねの | 夢さめて | かへる追手の | 風そうれ志き |
碇上げる | 音に浮き寝の | 夢覚めて | 帰る追い手の | 風ぞ嬉しき |
注) 碇(てい)=いかり。 うきね(浮き寝)=水上に停泊した船中で寐ること。 追手(おいて)=追風。順風。
311
に志の海 | 果なき雲の | そなたより | 何處の浪の | よするなるらむ |
西の海 | 果てなき雲の | 其方より | いづこの浪の | 寄せるなるらん |
注) そなた(其方)=そちら。そちらの方。
寄 劍 述 懐
312
つゝらもて | 巻き志昔は | 焼太刀の | 鋭をこゝろと | 人もな志ゝを |
葛もて | 巻きし昔は | 焼き太刀の | 鋭を心と | 人も成ししを |
注) つゝらもて(つづらもて・葛もて)=葛の蔓でもって。 焼太刀(やきたち)=焼いて鍛えた太刀。 鋭(えい)=勢いがあること。
人の東京に行くを送りて
313
實ならぬか | ゝならす於ほき | 東路の | 花に心を | ゆるさすもかな |
実生らぬが | 必ず多き | あずま路の | 花に心を | 許さずもがな |
注) 東路(あずまじ)=京都から東国に向かう街道。東海道・東山道をいう。 ゆるさすもかな(許さずもがな)=わざわざ許すまでもない。
釋 教
314
鷲の山 | 嶺のあら志に | 雲はれて | 人のこゝろの | つきそさやけれ |
鷲の山 | 嶺の嵐に | 雲晴れて | 人の心の | 月ぞ清けれ |
注) 鷲の山(わしのやま)=古代にインドのマガダ国の首都「王舎城」(ラージャグリハ、現ラージギル)があった場所の東北にある山。この山、仏教の中ではブッダがしばしばここに留まって法華経や大無量寿経、観無量寿経など多くの経典にまとめられた教えを説いた所として知られている。 つきそさやけれ(月ぞ清けれ)=心中の月は見た目にもはっきりして欲しい。
孔 明
315
みを捨て | 獨り調へ志 | 僞りに | あたかへ志けむ | こともあり志か |
身を捨てて | ひとり調べし | いつわりに | 仇返しけん | こともありしか |
注) 孔明(諸葛孔明)。 あたかへ志けむ(仇返しけむ)=施しや恩義を受けた相手に対して恩返しせず、逆に相手を害するようなこと。 こともあり志か(ことも在りしか)=そういうこともあっただろうか。
日向國生目神社寄月祝
316
今も猶 | その影きよき | 神かきを | くまなくてらす | あきのよの月 |
今もなお | その影清き | 神垣を | 隈無く照らす | 秋の夜の月 |
注) 日向國生目神社。 神かき(かみがき・神垣)=神域を他と区切る垣。神域。
317
くもりなき | 神の心を | こゝろにて | すむかけきよき | 月のいろ哉 |
曇りなき | 神の心を | 心にて | 澄む影清き | 月の色かな |
暮 山 雨
318
ふく風は | 霞にこめて | 音もな志 | ゆふへさひ志き | はるさめの山 |
吹く風は | 霞に籠めて | 音もなし | 夕べ淋しき | 春雨の山 |
319
晩鐘は | 花にかすみて | はるさめの | 於と靜なる | ゆふくれのやま |
晩鐘は | 花に霞みて | 春雨の | 音静かなる | 夕暮れの山 |
注) 晩鐘(ばんしょう)=(寺院などが)夕方に鳴らす鐘の音。
寄 花 懐 舊
320
なれてみ志 | むか志の春の | 跡とへは | 花も露そふ | 心地こそすれ |
慣れて見し | 昔の春の | 跡訪えば | 花も露添う | 心地こそすれ |