松の落葉 その30
谷 樵 夫
280
雲深き | 谷の柴人 | 志は志誰か | 世をのかれたる | ゆくへなるらむ |
雲深き | 谷の柴人 | 暫(しば)し誰が | 世を遁れたる | 行方なるらん |
注) 樵夫(きこり)=山の樹木の伐採を生業とする人。 柴人(しばびと)=柴を刈る人。 志は志誰か(しばしたが)=しばらくの間誰かが。
281
こゝに志も | 世の憂ことや | 繁からむ | なけきこりつむ | 谷の柴人 |
此処にしも | 夜のうきごとや | 繋からん | 歎き凝り積む | 谷の柴人 |
注) 志も(しも)=特に取り上げて強調する意を表す。 憂こと(ういごと)=思うようにならずつらい事。 繁からむ(しげからん)=何度も行く。 こりつむ(凝り積む)=何か一つのことに熱中し続けること。
竹 徑 通 幽 處
282
尋ねこ志 | きのふの軒端 | けふもまた | なほ分け迷ふ | 竹の細道 |
尋ね来し | 昨日の軒端 | 今日も又 | 猶分け迷う | 竹の細道 |
注) 幽處(ゆうきょ)=奥深く靜かなところ。 軒端(のきば)=軒の先端。軒のあたり。 なほ分け迷ふ(猶分け迷う)=相変わらず方角が分からなくなる。
283
ゆきめくり | 竹のほそ道 | 分けわひぬ | 文よむ聲は | 遠からねとも |
行き巡り | 竹の細道 | 分け侘びぬ | 文読む声は | 遠からねども |
注) 分けわひぬ(分け侘びぬ)=思い通りに分け入ることができなくて落胆してしまった。
朝 眺 望
284
朝からす | 枝をはなるゝ | 聲の中に | あらはれ初る | 葉やま志け山 |
朝烏 | 枝を離れる | 声の中に | 現れ初むる | 葉山繁山 |
注) 葉やま志け山(葉山繁山・はやましげやま)=里近くの草木の生い茂った山。
285
朝なきの | 千志ま八十島 | はる/\と | なかめ盡せぬ | 海つらの宿 |
朝凪の | 千島八十島 | はるばると | 眺め尽きせぬ | 海面の宿 |
注) 千志ま八十島(千島八十島・ちしまやそしま)=数多くの島々。 海つらの宿(海面の宿・うみづらのやど)=海辺の宿。
深 山 雨
286
流れ出る | 水の響きの | まされるは | み山のくもや | 雨となりけむ |
流れ出る | 水の響きの | 勝れるは | 深山の雲や | 雨となりけん |
287
あらひ衣 | はやとり入れよ | 足引の | 深山に雨の | あ志みゆるなり |
洗い衣 | 早取り入れよ | あしびきの | 深山に雨の | 脚みゆるなり |
注) 衣(きぬ)=着物。 足引の(あしびきの)=「山」「峰」などにかかる。 あ志(足)=雨脚。筋のように見える降り注ぐ雨。
寄 酒 祝 神崎伊豆丸七十賀
288
いつまても | 老せぬ色や | 浮ふらむ | 身は七十の | さかつきのかけ |
いつまでも | 老いせぬ色や | 浮かぶらん | 身は七十路(ななそじ)の | 盃の影(?) |
289
笹の葉の | みとりを老の | 友と志て | うへこそ人は | 千代の色なれ |
笹の葉の | 綠を老いの | 友として | うべ(宜)こそ人は | 千代の色なれ |
注) うへこそ(うべこそ・宜こそ)=いかにももっとも。なるほど。
蜂
290
似よとのみ | 縋る軒端の | 祈事は | わかはちと志も | 思ひ知らすや |
似よとのみ | 縋る(すがる)軒端の | 祈ぎ事は | 我が蜂としも | 思い知らずや |
注) 祈事(ねぎごと)=神仏に願う事柄。願い事。 蜂としも=蜂であることすら(強調の気持ちをこめている)。
288の「さかつきのかけ」について、まったくの思いつきなのですが、「逆さ月」と考えられないでしょうか…。逆さ月を逆月(さかづき)と縮める例はないので間違いかもしれませんが。
「逆さ富士」というのがあるように「逆さ月」は水面に映る月のこと。
すぐ前に「浮ふらむ」とあるところからの無茶ぶり的連想です。
武田智孝様
コメントありがとうございました。
288 歌題に「寄酒祝」とありましたので、単純に「盃の影」を連想しました。これですと、対象の影の幅が広がって趣があると思いますが、いかがでしょうか?
なるほど、「寄酒祝」を見落としていましたね。大兄の解釈が正しいと思います。
ありがとうございます。
拝見いたしました。
少し申し上げます。
281、世の憂いごとや
→世の憂きことや
281、繋がらん→繁からん
282、鶴ね来し→尋ね来し
285、眺め尽くせぬ→眺め尽きせぬ
289、植えこそ人は→うべこそ人は
以上のように読ませて頂きました。
誤読お許しください。
サトウケイコ様
コメントありがとうございました。
289 「宜こそ」ですね。勉強になりました。
その他は、当方のチェックミスでした。訂正しておきます。