松の落葉 その29
口 か た む
270
うつゝとも | 分ぬあふせを | 春の夜の | 夢にな志ても | 人に語るな |
現とも | 分けぬ逢瀬を | 春の夜の | 夢に成すとも | 人に語るな |
注) 口かたむ(口固む)=口を固める。声に出さない。
271
もらすなよ | もらさ志人に | 小夜枕 | まくらのほかは | 志らぬ契を |
漏らすなよ | 漏らさじ人に | 小夜枕 | 枕の他は | 知らぬ契りを |
注) 小夜枕(さよまくら)=夜、寝るときに用いる枕。
松 の 落 葉
雑 歌
磯 浪
272
のとかなる | 春の潮せの | 夕なきは | 磯うつ浪も | かすみなりけり |
長閑なる | 春の潮瀬の | 夕凪は | 磯打つ浪も | 霞なりけり |
273
梓弓 | 春のありその | ゆふ風に | うちけふる浪の | すゑもかすめり |
あずさゆみ | 春の荒磯の | 夕風に | 打ちけぶる浪の | 末も霞めり |
注) 梓弓(あずさゆみ)=梓の木で作った弓。枕詞(春)。 ありそ(荒磯)=浪の荒い磯。岩石の多い磯。 かすめり(霞めり)=物がぼやけて見えなくなった。
旅 泊 雨
274
浮寝する | 夜半の春雨 | ふるさとに | かへる夢さへ | 結ひかねつゝ |
浮き寝する | 夜半の春雨 | 故郷に | 帰る夢さえ | 結びかねつつ |
注) 浮寝(うきね)=かりそめの添い寝。
275
ふるさとに | かへる夢さへ | のとかなる | 雨の浮寝の | 春のとま舟 |
故郷に | 帰る夢さえ | 長閑なる | 雨の浮き寝の | 春の苫舟 |
注) 浮寝(うきね)=舟の中で寝ること。 とま舟(苫舟)=苫で屋根を葺いた舟。
山 家 隣
276
山ふかみ | いつ志かなれ志 | 友猿の | すみ家のみこそ | 隣なりけり |
山深み | いつしか慣れし | 友猿の | 住処のみこそ | 隣なりけり |
注) ふかみ(深み)=山深いこと。
277
これを志も | 隣と於もへは | 雲かゝる | をこ志の家も | 力なりけり |
これをしも | 隣と思えば | 雲かかる | おこじの家も | 力なりけり |
注) これを志も(これをしも)=これに限って、折も折(?)。 をこ志(をこじ)=おこじょ(イタチ科の動物)。
278
自から | なるれはなるゝ | すまひかな | ふ志猪の床を | 隣には志て |
自ずから | 慣るれば慣るる | 住まいかな | 臥猪の床を | 隣にはして |
磯 松
279
みち潮の | たひ/\ことに | そめま志て | 磯邊の松そ | ふか緑なる |
満ち潮の | 度々ごとに | 染め増して | 磯辺の松ぞ | 深緑なる |
うーん、確かに難しいですね。
276、277、278は続きになっていて、276は猿、278は猪ですから、277も何らかの獣と推測できなくはもい。辞書によると「おこじ」というのが「おこじょ」のことらしい。「おこじょ」というのはイタチ科の動物で小さいけれども獰猛。
「これだって隣家だと思ってしまえば、雲かかる高山のおこじょの巣だって勇気づけてくれるよ」
いやー、それにしても我ながら強引…
270、271が艶めかしいので、ついつられて読み進めたらとんでもない難物にぶつかった、恨みますぞ。
武田智孝様
コメントありがとうございました。
277 「おこじ」には感服しました。何という洞察力! 歌題の「山家隣」にぴったりですね。