松の落葉 その28
恨 絶 戀
260
於もひきや | 誰か秋風か | 葛かつら | 恨み志まゝに | 絶江果むとは |
思いきや | 誰(た)が秋風か | 葛かづら | 恨みしままに | 絶え果てんとは |
注) 葛かつら(葛かづら)=クズの別名。葛鬘を手繰る意から「来る」にかかる。
261
た江果志 | くもの糸筋 | 中/\に | 恨み志かひも | なき身なりけり |
絶え果てし | 蜘蛛の糸筋 | なかなかに | 恨みし甲斐も | 無き身なりけり |
注) 中/\に(なかなかに)=思っていた以上であるさま。
片 戀
262
あふ事は | かた野の鶉 | 於とになく | ひとりや草の | 床にわひなむ |
逢うことは | 交野のうずら | 音に鳴く | 独りや草の | 床に侘びなん |
注) かた野の鶉(交野のうずら)=大坂府枚方市の交野ヶ原に住む鶉(うずら)。 わひなむ(侘びなん)=閑静な生活を楽しもう。
忍 經 年 戀
263
年月を | 思ひふるやの | 志のふ草 | 於ひ志けれとも | かる人もな志 |
年月を | 思い古屋の | 忍草 | 生い茂れども | 刈る人もなし |
注) 志のふ草(しのぶぐさ)=昔をしのぶよすが。
264
と志つきを | つゝむ涙に | くちせぬは | 忍ふ夜なれ志 | 袂なるらむ |
年月を | 包む涙に | 朽ちせぬは | 忍ぶ夜慣れし | たもとなるらん |
待 夜 更 戀
265
月まつと | 人にはいひ志 | 僞りの | あと志らみゆく | あかつきの鐘 |
月待つと | 人尓は言いし | いつわりの | 後白み行く | 暁の鐘 |
注) 志らみゆく(白みゆく)=夜が明けて空が明るくなる。
266
今はとは | 思ひ絶江ても | くたかけの | またきそら音と | 疑れつゝ |
今はとは | 思い絶えても | 鶏の | 未だき空音と | 疑われつつ |
注) 今は(いまは)=「今は限り」などと、あらわに言うのを避けた言い方。もうこれが最後。 くたかけ(鶏)=ニワトリの異名。 またき(未き)=早い時期。まだその時期にならないうち。
變 約 戀
267
世につれて | 人の心は | 花染の | うつるならひと | 於もひな志ても |
世に連れて | 人の心は | 花染めの | 移(写)る習いと | 思いなしても |
注) 花染(はなぞめ)=露草の花で染めること。移ろいやすいことのたとえ。 ならひ(習い)=繰り返して慣れること。
祈 神 戀
268
めくりあふ | 月日もあれな | み志め縄 | 思ふ心を | かけていのれは |
巡り合う | 月日もあれな | 御しめ縄 | 思う心を | 掛けて祈れば |
注) み志め縄(御しめ縄)。
ちかくてあはす
269
みちのくの | ちかの䀋かま | 焦れても | へたつ笆の | 島のなもうき |
陸奥の | 千賀の塩釜 | 焦がれても | 隔つまがきの | 島の名も憂き |
注) ちかの䀋かま(千賀の塩釜)=千賀浦(宮城県松島湾南西部の浜辺)の塩釜浦。歌枕。 笆(まがき)=竹で作った垣根。間垣。