松の落葉 その25
戀 夢
231
衣/\の | 現ならねと | あふとみる | 夢もゆるさぬ | あかつきのかね |
衣々の | あらわならねど | 逢うとみる | 夢も許さぬ | 暁の鐘 |
注) 衣/\(衣々・きぬぎぬ)=男女が互いに衣を重ねて共寝した翌朝、別れるときに身につける、それぞれの衣服。 現ならねと(あらわならねど)=外から見えない。
232
思ひかね | ぬるよの夢も | あかつきの | 鳥の八聲そ | 別れなりけり |
思いかね | 寐る夜の夢も | 暁の | 鳥の八声ぞ | 別れなりけり |
注) 思ひかね(おもいかね)=思いを抑えられなくなる。 鳥の八聲(とりのやごえ)=夜の明け方にしばしば鳴く鳥の声。にわとりの声。
違 約 戀
233
袖の露 | 於き處なき | ゆふへかな | そらたのめなる | 風のさわきに |
そでのつゆ | 置き所なき | 夕べかな | 空頼めなる | 風の騒ぎに |
注)そらたのめ(空頼め・そらだのめ)=当てにならぬことを頼みにさせること。
234
たのめ志は | 今宵と思ふ | かね言も | きゝ違へ志か | いひ違へけむ |
頼めしは | 今宵と思う | 予言も | 聞き違いしか | 言い違いけん |
注) かね言(予言・かねごと)=前もって言っておいた言葉。約束の言葉。
雨 中 戀
235
志めやかに | かたる雨夜の | 品定め | 品めつら志き | 戀もするかな |
しめやかに | 語る雨夜の | 品定め | 品めづらしき | 恋もするかな |
注) 志めやか(しめやか)=ひっそりとしてもの静かなさま。女性の容姿などがしとやかなさま。
236
獨ねも | ともねも袖の | 志をるゝは | うき嬉志さの | 雨夜なりけり |
独り寝も | 共寝も袖の | 萎るるは | 憂き嬉しさの | 雨夜なりけり |
注) 志をるゝ(萎るる・しおれる)=濡れる。濡れて弱る。 うき嬉志さ(憂き嬉しさ)=つらいことと嬉しいこと。
後 朝
237
限りなく | 思ひ添へても | いかなれは | 於きて別れ志 | 袖の乾かぬ |
限りなく | 思い添えても | いかなれば | 起きて別れし | 袖の乾かぬ |
注) 袖の乾かぬ=悲しみの涙で、袖の乾く間もない。
戀 涙
238
かり初に | なにつゝみけむ | 袖の露 | 流れて終に | うきとなるもの |
仮初めに | 何包みけん | 袖の露 | 流れてついに | 憂きとなるもの |
注) かり初(かりそめ)=その場限りであること。ふとしたこと。 袖の露=袖にかかる涙。
月 前 待 戀
239
いたつらに | うはの空なる | 眺め志て | 待よ更け行く | 月のかけ哉 |
徒に | 上の空なる | 眺めして | 待つ夜更け行く | 月の影かな |
注) いたつら(徒・いたずら)=無益であるさま。 眺め志て(ながめして)=もの思いにふけりながらじっと見つめて。
240
待す志も | 有ぬ今夜を | 月夜よ志 | 夜よ志と人の | 來るよ志もかな |
待たずしも | あらぬ今宵を | 月夜良し | 夜良しと人の | 来る由もがな |
注) 月夜良し 夜よしと人の(古今和歌集 巻十四 692 から引用された本歌取りと思われます)。 よ志もかな(よしもがな)=…をするすべがあればなあ。