松の落葉 その24
偽 戀
221
僞の | かことゝ志らて | 稲舟の | このつきのみと | なにたのみけむ |
いつわりの | 佳事と知らで | 稲舟の | この月のみと | 何頼みけん |
注) かこと(佳事)=素敵なこと。かわいらしいこと。綺麗なこと。可憐なこと。愛々しいこと。 稲舟(いなぶね)=刈り取った稲を運ぶ舟。
222
今更に | なにをかこたむ | 花とのみ | 於もひいりに志 | 峰の志ら雲 |
いまさらに | 何を託たん | 花とのみ | 思い入りにし | 峰の白雲 |
注) かこたむ(託たん)=不平を言う。他のことを口実にする。
名 立 戀
223
年月を | 思ひみたれて | 紅葉の | いまそうれ志き | 名にはたちける |
年月を | 思い乱れて | もみじばの | 今ぞ嬉しき | 名には立ちける |
注) 名にはたちける(名には立ちける)=世に聞こえるようになった。評判になった。
224
せかれても | 末變らすは | 思ひ川 | なかす浮名は | さもあらはあれ |
急かれても | 末変わらずは | 思川 | 流す浮名は | 然も有らば有れ |
注) 末(すえ)=未来、将来、ゆくすえ。 思ひ川(思川)=思いが深く絶える間もないことを川の流れにたとえていう語。 然も有らば有れ=どうなろうとかまわない。どうとでもなれ。
洩 初 念
225
思ふこと | もら志初めては | なか/\に | 忍ふにまさる | 歎をそする |
思うこと | 漏らし初めては | 中中に | 忍ぶに勝る | 歎きをぞする |
注) 初念=初めに心に決めたこと。 なか/\に(中中に)=中途半端に。なまじっか。むしろ。いっそのこと。
226
さても猶 | つらきやいかに | 三輪の山 | 志る志はかりは | 洩初ても |
扨もなお | 辛きや如何に | 三輪の山 | 印ばかりは | 洩れ始めても |
注) さても(扨も)=そのままでいても。 三輪の山
寄 雨 戀
227
ぬるゝさへ | うれ志からま志 | 春雨の | はるゝ待まの | 涙なりせは |
濡れるさえ | 嬉しからまし | 春雨の | 晴れる待つ間の | 涙なりせば |
注) 嬉しからまし=どんなに嬉しいことだろうか。
228
うき人の | うきかことゝも | 成はてむ | 晴またになき | 春雨のそら |
憂き人の | 憂きがこととも | 成り果てむ | 晴れ間だになき | 春雨の空 |
注) 成はてむ(なりはてむ)=おちぶれて、好ましくない状態になる。なりさがる。すっかりそのようになる。
隔 戀
229
何をさは | 於もひはなれて | 今更に | へたつる中と | 人の成けむ |
何を為ば | 思い離れて | 今更に | 隔つる中と | 人の成りけむ |
注) 何をさは(なにをさば)=何をすれば。
230
思ひきや | 思はぬとたに | いひやらて | 心さへにも | 隔てつるかな |
思いきや | 思わぬとだに | 言い遣らで | 心さえにも | 隔てつるかな |
注) 思ひきや(おもいきや)=予想に反して。意外にも。 いひやらて(言い遣らで)=手紙や使者を送ってつたえる。言ってやる。