松の落葉 その20
籬 中 月
179
もゝ草の | 露のまかきに | 秋の夜は | 月の花さへ | さきそはりつゝ |
百草の | 露の籬に | 秋の夜は | 月の花さえ | 咲き添わりつつ |
注) 籬(まがき)=竹・柴などを粗く編んで作った垣。
180
またさかぬ | 籬のきくの | 志ら露に | 月の花こそ | まつさきにけれ |
未だ咲かぬ | 籬の菊の | 白露に | 月の花こそ | 先ず咲きにけり |
181
久かたの | 月の桂を | 結ひこめて | まかきのものと | なせるよは哉 |
久方の | 月の桂を | 結い込めて | 籬のものと | なせる夜半かな |
注) 久かた(ひさかた・久方)=天・雲・空・日・月・都などの称(枕詞)。 月の桂=月の中に桂の木が生えているので、秋の月は美しいという古代中国の伝説。
野 逕 月
182
ぬれてゆく | 野邊の草葉の | 露なから | 袖にともなふ | 月の影かな |
濡れてゆく | 野辺の草葉の | 露ながら | 袖に伴う | 月の影かな |
注) 逕(けい)=小路(こみち)。
183
浮れ出て | たゝなにとなく | 面白き | はてたに志らぬ | 野路の月影 |
浮かれ出て | 唯何となく | おもしろき | 果てだに知らぬ | 野路の月影 |
旅 泊 月
184
船はて志 | 浦わも於な志 | 秋なれや | とまもる月に | ぬるゝ袖かな |
舟は出し | 浦曲も同じ | 秋なれや | 苫漏る月に | 濡れる袖かな |
注) とまもる月(苫漏る)=菅(すげ)や茅(かや)等を粗く編んだむしろから漏れ出る月の光。 苫舟。
185
つき見つゝ | 難波あ志まの | 掛り船 | 浮みともはた | 思はさりけり |
月見つつ | 難波芦間の | 掛り船 | 浮く身ともはた | 思わざりけり |
注) 浮みともはた(浮く身とも・はた)=自分の体が浮いていることとは、全く。
秋 霜
186
老か身は | 火桶戀志き | つめたさの | めに見江そめ志 | 今朝の霜哉 |
老いが身は | 火桶恋しき | 冷たさの | 目に見え初めし | 今朝の霜かな |
187
ところせき | 露はいつ志か | 於きかへて | 秋も末のゝ | 霜の色かな |
所狭き | 露はいつしか | 置き換えて | 秋も末野の | 霜の色かな |
夕 紅 葉
188
村時雨 | 心のまゝに | そめな志て | ゆふ日にさらす | 峰のもみち葉 |
むらしぐれ | 心のままに | 染めなして | 夕日にさらす | 峰のもみじ葉 |
注) 村時雨(むらしぐれ)=ひとしきり激しく降ってはやみ、やんでは降る雨。
枕 上 露
189
白露は | 草葉よりまつ | 於きなれて | 枕にさへも | あまりぬるかな |
白露は | 草葉より先づ | 置き慣れて | 枕にさえも | 余りぬるかな |
天草の船路にて
190
ひとり寝と | 於もひさため志 | 浮床に | 嬉志く月の | 來て宿りぬる |
独り寝と | 思い定めし | 浮き床に | 嬉しく月の | 来て宿りぬる |
注) 浮床(うきどこ)=船中の床。