松の落葉 その19
庭 月
170
こゝろ志て | 疊める岩も | せく水も | 月見るための | 庭にや有らむ |
心して | 畳める岩も | 塞く水も | 月見る為の | 庭にやあるらん |
注) 疊める岩(たためる岩)=敷石などを敷くこと。
171
野山より | また於も志ろ志 | これにのみ | 作りな志たる | 庭の月影 |
野山より | 未だ面白し | これにのみ | 作り成したる | 庭の月影 |
172
秋ことに | とめきてこゝに | やとり住む | 月の庭とも | 見ゆる庭哉 |
秋ごとに | 尋め来てここに | 宿り住む | 月の庭とも | 見ゆる庭かな |
注) とめきて(尋め来て)=尋ねて来て。
雲 収 月 明
173
山のはに | ゆふいる雲の | 跡もなく | ひとりさやけき | 月の影かな |
山の端に | 幽入る雲の | 跡もなく | 独り明けき | 月の影かな |
注) ゆふいる(幽入る)=暗くて見えなくなる。
174
月にうき | 雲をはよそに | 吹すてゝ | のこる嵐は | くもらさりけり |
月に浮(受・憂)き | 雲をば他所に | 吹き捨てて | 殘る嵐は | 曇らざりけり |
社 頭 月
175
くもりなき | 神の心や | うつるらむ | 宮ゐさやけき | 月のかけかな |
曇りなき | 神の心や | 映るらん | 宮居清けき | 月の影かな |
注) 宮ゐ(宮居)=神が鎮座すること。
176
かたそきの | ゆきあいの霜の | それならて | 影凄ま志き | 月の色哉 |
片削ぎの | 行き合いの霜の | それならで | 影凄ましき | 月の色かな |
注) かたそき(片削ぎ)=片方をそぎ落とすこと。神社の屋根に交わしてある千木(ちぎ)の両端を斜めに削り落としたもの。 ゆきあいの霜(行き合ひの霜)=秋と冬と、二つの季節にまたがる霜。 凄ま志き(凄ましき)=恐怖を感じるほどすごかった。
橋 上 月
177
於ほかたの | 往來はた江て | かつらきや | 月のみ渡る | くめの岩橋 |
大方の | 往来は絶えて | 葛城や | 月のみ渡る | 久米の岩橋 |
注) かつらき(葛城)=葛城山 くめの岩橋(久米の岩橋)=役 (えん) の行者が大和の葛城山から吉野の金峰山 (きんぷせん=吉野山から山上ヶ岳に至る連峰の総称。) まで架け渡そうとしたという伝説上の橋。葛城の神が夜間しか働かなかったために完成しなかったという。多く和歌で男女の契りが成就しないことのたとえとされる。
178
於も志ろき | 湯瀬の川橋 | ゆき返り | 小夜更るまて | 月を見志かな |
面白き | 湯瀬の川橋 | 行き返り | 小夜更けるまで | 月を見しかな |
注) 湯瀬(ゆせ)=温泉のあるところ。温泉場。 小夜(さよ)=夜。