松の落葉 その17
麥
150
はな衣 | ぬきかえ志日は | ほとなきに | 門田の麥生 | 色つきにけり |
花衣 | 脱ぎ換えし日は | 程なきに | 門田の麦生 | 色付きにけり |
注) はな衣(花衣)=はなやかな衣。花色の衣。 門田の麥生(もんだのむぎふ)=門田(京都市右京区太秦門田町)に生えている麦。
151
志つの男か | ゝたほにゑみて | 刈いるゝ | 麥も秋ある | 程そ知るゝ |
賤の男が | 偏に笑みて | 刈り入るる | 麦も秋ある | 程ぞ知らるる |
注) 志つの男(賤の男・しずのお)=身分のいやしい男。 かたほに(偏に)=中途半端に。 麥も秋ある=麦秋(ばくしゅう)は麦が実った頃、つまり6月頃の意。
152
夕風に | さそひ/\て | 門ことに | むきうつこゑの | にきは志き哉 |
夕風に | 誘い誘いて | 門毎に | 向き打つ声の | 賑わしきかな |
瀧 五 月 雨
153
水まさる | 瀧つ岩根の | 姿さへ | はれてはみ江ぬ | さみたれのそら |
水勝る | 滾つ岩根の | 姿さえ | 晴れては見えぬ | 五月雨の空 |
注) 瀧つ岩根(滾つ岩根)=滝のように水が激しく流れる。
154
五月雨に | またいくはくか | 添ぬらむ | みつかさまさる | 布引の瀧 |
五月雨に | まだ幾ばくか | 添えぬらん | 水嵩勝る | 布引の瀧 |
注) 布引の瀧(ぬのびきのたき)=新神戸駅の山側に位置し、生田川中流にかかる滝。
卯 花
155
たへかたき | 暑さならねと | 夕風の | 嬉志き程や | うつきさくころ |
耐え難き | 暑さならねど | 夕風の | 嬉しき程や | 卯木咲く頃 |
注) 卯木(うつぎ)=ウノハナ。
156
みれはたゝ | 嬉志き物を | 昔より | なにうの花と | なつけそめけむ |
見ればただ | 嬉しき物を | 昔より | 名に卯の花と | 名付け初めけん |
注) なにうの花(名に卯の花)=卯の花和え、卯の花烏賊、卯の花煎り、卯の花縅、卯の花鮨、卯の花漬、卯の花飯、等々。
157
みるかけも | なき山里の | 垣根さへ | ひともこそとへ | 卯つき咲くころ |
見る影も | なき山里の | 垣根さえ | 人もこそ問え | 卯木咲く頃 |
樗
158
は志ゐする | 袂涼志き | 五月雨に | あふち吹こす | 風のすゝ志さ |
端居する | たもと涼しき | さみだれに | 楝吹き越す | 風の涼しさ |
注) あふち(樗)=襲(かさね)の衣服の色目の名。表は薄紫、裏は青。
159
いふせさを | ひきあくる窓は | 五月雨の | あめに樗の | 花薫るなり |
鬱唈さを | 引き開くる窓は | さみだれの | 雨に樗(おうち)の | 花薫るなり |
注) いふせさ(鬱唈さ/いぶせさ)=心が晴れない、心が塞いでいる。憂鬱である。
寝 覺 時 鳥
160
うたた寝の | ゆめの浮橋 | とた江志て | 山路を渡る | 山ほとゝきす |
転寝の | 夢の浮橋 | 途絶えして | 山路を渡る | 山時鳥 |
注) うたた寝(転寝)=寐るつもりではなく、床に入らないで、ついうとうとと眠ること。 時鳥(ほととぎす)。
161
初こゑを | 夢路もたのむ | 手枕の | ねさめうれ志き | やま郭公 |
初声を | 夢路も頼む | 手枕の | 寝覚め嬉しき | 山ほととぎす |