松の落葉 その14
花 浪
121
かせさそふ | 花の木かけは | 心なき | 袖にもよする | はなの志ら浪 |
風誘う | 花の木陰は | 心なき | 袖にも寄せる | 花の白浪 |
注) 心なき(こころなき)=趣を解さない。物の風情がわからない。
落 花 随 風
122
さそはれて | 遠くちりゆく | 櫻かな | 風のゆくへの | 末見ゆるまて |
誘われて | 遠く散りゆく | 桜かな | 風の行方の | すえ見えるまで |
注) 随 風(ずいふう)=気ままな風。
夕 花
123
色まさる | 庭の櫻の | ゆふは江は | のこる日影の | にほひなりけり |
色勝る | 庭の桜の | 夕映えは | 殘る日影の | 匂いなりけり |
注) 夕映え。 日影(ひかげ)=日の光。日光。
見 春 月 思 昔
124
なにゆゑの | 袖のなみたそ | 春の夜の | 月に昔志の | 影は見江ねと |
何故の | 袖の涙ぞ | 春の夜の | 月に昔の | 影は見えねど |
春 日 聞 鶴
125
も江そむる | 芦まの鶴の | もろ聲は | 雲の上まて | きこ江さらめや |
燃え初むる | 芦間の鶴の | 諸声は | 雲の上まで | 聞こえざらめや |
注) 芦間の鶴(あしまのつる)。 きこ江さらめや(聞こえざらめや)=どうして聞こえないのか、必ず聞こえる。
春 祝
126
於ほ惠 | あまねきけふの | 春雨に | 濡れぬ草木も | なき夜なりけり |
多恵み | 遍き今日の | 春雨に | 濡れぬ草木も | 無き夜なりけり |
注) あまねき(遍き)=すべてに広く行き渡っている。
127
思ふ事 | なくてこそみめ | 櫻花 | のとけき御代の | 春にやはあらぬ |
思うこと | 無くてこそ見め | 桜花 | のどけき御代の | 春にやはあらぬ |
注) なくてこそみめ(無くてこそ見め)=無い時こそ見るべきだ。
池 水 波 静
128
き志の松 | そこの玉もゝ | のとかにて | なみ志つかなる | 春の池水 |
岸の松 | 底の玉藻も | 長閑にいて | 波静かなる | 春の池水 |
霞 中 花
129
櫻花 | さきにけら志な | 於ほ空の | かすみも花の | にほひなりけり |
桜花 | 咲きにけらしな | 大空の | 霞も花の | 匂いなりけり |
注) さきにけら志な(咲きにけらしな)=咲いたらしい。
橋 上 落 花
130
月のみと | 於もひかけたる | 川橋に | けふは花さへ | ちり渡りつゝ |
月のみと | 思いかけたる | 川橋に | 今日は花さえ | 散り渡りつつ |
131
ちりかゝる | つゝみの櫻 | かせふけは | 花を渡せる | 宇治のかは橋 |
散りかかる | 提の桜 | 風吹けば | 花を渡せる | 宇治の川橋 |
注) 宇治の川橋。