松の落葉 その10
雨 中 落 花
080
あすよりは | いかにくらさむ | 春さめに | 岩こす浪も | 櫻なりけり |
明日よりは | 如何に暮らさん | 春雨に | 岩越す浪も | 桜なりけり |
081
今はとて | ちりゆくさくら | さく櫻 | こゝろ盡志の | 春さめのそら |
今はとて | 散りゆく桜 | 咲く桜 | 心尽くしの | 春雨の空 |
夜 思 花
082
さまさまに | 於もひ集めて | 山さくら | 夜こそ花は | 盛りなりけり |
様々に | 思い集めて | 山桜 | 夜こそ花は | 盛りなりけり |
尋 花 不 定 處
083
けふも花 | きのふもはなと | 野に山に | こゝろの駒を | 打任せつゝ |
今日も花 | 昨日も花と | 野に山に | 心の駒を | 打ち任せつつ |
084
心あてに | 葉山志け山 | 分わひぬ | いつれの雲か | さくらなるらむ |
心当てに | 葉山繁山 | 分け合いぬ | いずれの雲が | 桜なるらん |
注) 心あて(心当て)=あて推量。心のうちで期待すること。
花 初 開
085
心あてに | かねてそ待志 | 初櫻 | 於くるへ志やは | 於くれさりけり |
心当てに | 兼ねてぞ待ちし | 初桜 | 遅るべしやは | 遅れざりけり |
注) 於くるへ志やは(遅るべしやは)=遅れてしまったか。
松 上 藤
086
夕潮は | うらはの松の | 志つ枝のみ | ひきのこ志ても | 見ゆる藤波 |
夕潮は | 浦曲の松の | 垂づ枝(下枝)のみ | 引き残しても | 見ゆる藤波 |
注) うらは(浦曲)=浦廻(うらみ)海岸の湾曲した所。 志つ枝(しづえ=垂づ枝/下枝)=垂れ下がった/下ノ方の枝。 藤波(ふじなみ)=藤の花房。
春 里
087
瓦やく | けふりの末は | ひとつにて | かすみそふかき | 大原のさと |
瓦焼く | 煙(けぶり)の末は | 一つにて | 霞ぞ深き | 大原の里 |
注) 大原(おおはら)=京都市左京区の地名。
088
くれてゆく | 春をもよそに | 宇治の里 | このめつむなる | 聲そ賑ふ |
暮れて行く | はるをも他所に | 宇治の里 | 木の芽摘むなり | 声ぞ賑わう |
注) このめ(木の芽)=山椒の若芽/ゆずの葉/茶。
089
ちる花の | 岩こすなみも | にほふなり | 梅津のさとの | 春雨のころ |
散る花の | 岩越す波も | 匂うなり | 梅津の里の | 春雨の頃 |
注) 梅津(うめづ)=京都市右京区梅津。
090
ふ志のまも | 短き物を | 假ねする | あ志やのさとの | 春のよのゆめ |
節の間も | 短き物を | 仮寝する | 芦屋の里の | 春の夜の夢 |
注) ふ志のま(節の間)=ほんの少しの間。