松の落葉 その9
春 月 朧
071
春の夜は | かすのみ於くの | 月影を | またくれぬ日と | 思ひける哉 |
春の夜は | 霞の奥の | 月影を | 未だ暮れぬ日と | 思いけるかな |
注) かすのみ於くの=「霞の於くの(霞の奥の)」の植字の誤りだと思われます。
山 花 未 開
072
山さくら | 麓のさとを | 見盡志て | たつねいるへき | 人やまつらむ |
山桜 | ふもとの里を | 見尽くして | 尋ね入るべき | 人や待つらん |
注) たつねいる(尋ね入る)=さがしてある場所に入り込む。
073
春の日を | なほなかゝれと | よの中に | 於くれて峰の | 花や咲らむ |
春の日を | 猶長かれと | 世の中に | 遅れて峰の | 花や咲くらん |
尋 蕨 折 花
074
尋ね入る | 野邊の早わらひ | 折かへて | たか根の櫻 | かさ志つる哉 |
尋ね入る | 野辺の早蕨 | 折り替えて | 高嶺の桜 | 挿頭しつるかな |
注) 早わらひ(早蕨)=芽を出したばかりのワラビ(さわらび)。 かさ志(挿頭・かざし)=花や木の枝を折り、髪や冠に挿したもの。
075
たちとまり | まつをりかさす | 山櫻 | ちらぬ蕨は | あとにのこ志て |
立ち止まり | まづ折り挿頭す | 山桜 | 散らぬ蕨は | 後に残して |
注) 蕨(わらび)。
雨 中 花
076
はなは猶 | さきそはりつゝ | 春さめの | 雫のみちる | 山さくらかな |
花は猶 | 咲き添わりつつ | 春雨の | 雫の満ちる | 山桜かな |
注) さきそはりつゝ(咲き添わりつつ)=咲き添いながら。
花 隔 月
077
はるの月 | ふかく霞と | 於もひ志は | 花の陰ゆく | 程にそありける |
春の月 | 深く霞と | 思いしは | 花の陰行く | 程にぞありける |
注) ふかく(深く・ふかく)=色合いが濃い。
078
照月の | よそに志られぬ | 春のよの | 於ほろは花の | 匂ひなりけり |
照る月の | 他所に知られぬ | 春の夜の | おぼろは花の | 匂いなりけり |
079
てる月の | うつせる袖は | 於も志ろき | 初はな櫻 | うきぬひに志て |
照る月の | 映せる袖は | 面白き | 初花桜 | 浮き縫いにして |
注) うきぬひ(浮き縫い)=刺繍のように糸を浮かせて縫うこと。
074の「おりかへて(折り換えて)」がちょっと分かりにくいのですが、075の歌と考え合わせると、もしかして「おりかねて(折りかねて)」では…?
自信はありません。小生の誤解であればごめんなさい。
武田智孝様
コメントありがとうございます。
この歌の詞書を「ワラビを探しに尋ねて花を折る」と解釈しましたので、「ワラビが見つからなかったので、代わりに桜を折ってかざした」と捉えました。「換えて」は「替えて」が正しいようです。訂正しておきます。
尚、この原書が明治時代後半に刊行されていますので、誤植が散見され、解釈に混乱を招くケースがあるように思われます。