松の落葉 その6
春 雪 似 花
040
ちると見志 | 梅の梢は | 春の雪 | つもらぬ江たを | もるゝなりけり |
散ると見し | 梅の梢は | 春の雪 | 積もらぬ枝を | 盛(漏)るるなりけり |
041
降る雪の | 花に紛ふは | 君かよの | ゆたけき春の | 志る志なるらむ |
降る雪の | 花に紛うは | 君が代(世)の | 豊けき春の | 印なるらん |
朝 春 雨
042
雨の音 | 於ほろにきゝて | 朝床の | ゆめさへ春は | のとかなりけり |
雨の音 | 朧に聞きて | 朝床の | 夢さえ春は | 長閑なりけり |
043
春さめの | 軒の玉水 | 音すなり | うへこそ今朝は | ねよけなりけり |
春雨の | 軒の玉水 | 音すなり | 上こそ今朝は | 音除なりけり |
注) 軒の玉水=軒先からしたたり落ちる雨だれ。軒のしずく。 ねよけ(根除、音除)=根絶する。音を排除する。(?)
花 間 鶯
044
朝日影 | 匂をそへて | さく花を | こほれいてたる | うくいすのこゑ |
朝日影 | 匂いを添えて | 咲く花を(に?ママ) | 溢れ出たる | うぐいすの声 |
春 の う た
045
春の日は | 垣根のね芹 | 壺すみれ | つむと志もなき | 荒ひのみ志て |
春の日は | 垣根の根芹 | 壺菫 | 摘む年もなき | 荒いのみして |
注) ね芹(根芹)=セリ。根を食料とすることからいう。 壺すみれ=ツボスミレ。 荒ひ(荒い)=荒れはてている。
春 月 幽
046
こゝのみは | また暮はてぬ | 花の枝に | そこはかとなき | 夕月の影 |
ここのみは | 未だ暮れ果てぬ | 花の枝に | そこはかとなき | 夕月の影 |
注) こゝのみは=ここだけは。 そこはかとなき=はっきりしないが微妙にそう感じられるさま。
047
花のかけ | かすみの奥の | 争ひは | なほ於ほろなり | 春の夜のつき |
花の景 | 霞の奥の | 争いは | 猶おぼろなり | 春の夜の月 |
注) 於ほろ(おぼろ=朧)=ぼんやりとかすんでいるさま。
春 草 漸 青
048
日に添ひて | 草や緑に | なりぬらむ | のへの霞の | いろかはりゆく |
日に添いて | 草や緑に | 成りぬらん | 野辺の霞の | 色変わり行く |
049
うへ志こそ | つもり志雪も | き江つらめ | 下萌そめ志 | 野邊の若草 |
植えしこそ | 積もりし雪も | 消えつらめ | 下萌え染めし | 野辺の若草 |
注) 下萌(したもえ)=早春、大地から草の芽がもえ出ること。
一口メモ
上記044句の第三句体の釈文に「ママ」とありますが、これは誤字と思われる記述が含まれているとの判断で、あえて原文をそのまま載せている事を意味し、「原文ママ」とも表示されます。「さく花を」とすると、どうも意味がはっきりしないことから、活字の誤植ではないかと判断しました。
本来は、「さく花に」の方が自然だと思います。