松の落葉 その5
残 雪
031
き江残る | 高根の雪の | それにさへ | また春さむき | 程そ志らるゝ |
消え残る | 高嶺の雪の | それにさえ | 未だ春寒き | 程ぞ知らるる |
032
都人 | はやわかなつむ | 春そとも | 志らぬみやまの | ゆきの志た庵 |
都人 | 早若菜摘む | 春ぞとも | 知らぬ深山の | 雪の下庵 |
注) 春そとも(はるぞとも)=春であっても。
雪 中 若 菜
033
豊年の | 野邊の白雪 | ふりはへて | つまむとそ思ふ | 野邊の若菜を |
豊年の | 野辺の白雪 | 振り延えて | 摘まむとぞ思う | 野辺の若菜を |
注) ふりはへて(振り延えて)=ことさら、わざわざ雪を振り払って。
034
君かため | 先搔わけて | 芹なつな | ゆきの中野を | つめるなりけり |
君が為 | 先掻き分けて | 芹なずな | 雪の中野を | 摘めるなりけり |
注) 先搔わけて(さき、かき分けて)=次から次へどんどん雪を左右へ押し分けて。 芹なつな(春の七草)。
梅 薫 風
035
めにはまた | みぬ初花の | うれ志きは | 咲かた志るき | 風の梅か香 |
目にはまだ | 見ぬ初花の | 嬉しきは | 咲き方知るき | 風の梅が香 |
注) 咲かた志るき(咲き方知るき)=咲き方を知っていた。
036
ふく風の | 袂とめきて | かをるなり | 梅さく里や | ちかくなりけむ |
吹く風の | 袂止めきて | 薫るなり | 梅咲く里や | 近くなりけむ |
注) 袂(たもと)。 ちかくなりけむ(近くなりけむ)=近くなってきたのだろう。
霞 中 鶯
037
山もとの | 霞もれ來て | 閨の中に | はるをいれたる | うくひすの聲 |
山許の | かすみ漏れ来て | ねやの中に | 春を入れたる | うぐいすの声 |
注) 閨(ねや)=寝屋(奥深いところにある部屋)。
038
さく梅も | また色くらき | 曙の | かすみもれくる | うくひすのこゑ |
咲く梅も | 未だ色暗き | 曙の | 霞漏れ来る | うぐいすの声 |
039
かすみより | 一聲にほふ | 鶯は | うめ咲くかたを | 志らせてやなく |
霞より | 一声匂う | うぐいすは | 梅咲く方を | 知らせてや鳴く |