松の落葉 その4
水 邊 欸 冬
020
立よりて | 井出の川水 | 結ふ手の | 志つくより散る | やまふきの花 |
立ち寄りて | 井出の川水 | 結ぶ手の | 雫より散る | 山吹の花 |
注) 井出(いで)=水の流れを堰き止めてためているところ(井堰)。 やまふき(山吹)
021
かけ見江て | またくれはてぬ | 山吹の | 水の春こそ | 盛りなりけれ |
影見えて | 未だ暮れ果てぬ | 山吹の | 水の春こそ | 盛りなりけれ |
022
せきとめて | 井出の柵 | こゝにのみ | はるをのこせる | 山吹のはな |
堰止めて | 井出のしがらみ | ここにのみ | 春を残せる | 山吹の花 |
注) 柵(しがらみ)=木や竹で編んだ垣根。
023
くれかゝる | 色とも見江す | はな筏 | つなきとめたる | き志の山吹 |
暮れかかる | 色とも見えず | 花筏 | 繋ぎ止めたる | 岸の山吹 |
注) はな筏(花いかだ)=水面に散った花びらが連なって流れているのを筏に例えた言葉。
024
山ふきの | 花の一ひら | くれのこる | 春をのせても | くたすかは舟 |
山吹の | 花のひとひら | 暮れ残る | 春を乗せても | 降す川舟 |
注) くれのこる(暮れ殘る)=日が沈んだあと、しばらく明るさが残る。 くたすかは舟(降す川舟)=山吹の花びらを川舟に降るようにさせる。
025
いかた志の | 棹の雫に | ちりそめて | 春をなかせる | やまふきの花 |
筏師の | 棹のしずくに | 散り初めて | 春を泣かせる | 山吹の花 |
注) 筏師。 棹(さお)=水棹(みさお)
浦 藤
026
住吉の | き志の藤なみ | 岩こ江て | うらわ淋志き | はるのゆふくれ |
住吉の | 岸の藤波 | 岩越えて | 浦曲淋しき | 春の夕暮れ |
注) 住吉(すみのえ)=摂津国墨江郡の海岸。 藤なみ(藤波)=藤の花が風で波のように揺れ動くこと。 うらわ(浦曲)=海辺の曲がって入り込んだ所。
027
花の枝は | ふるとも見江す | 夕霞 | かすみや露を | まつこほ志けむ |
花の枝は | 振るとも見えず | 夕霞 | 霞や露を | まずこぼしけん |
注) ふる(振る)=ゆれる。
夕 蛙
028
吹風も | そて寒からぬ | ゆふくれに | 小田の蛙の | こゑきほふなり |
吹く風も | 袖寒からぬ | 夕暮れに | 小田の蛙の | 声競うなり |
注) 小田(おだ)=小さな田んぼ。 きほふ(競う)=張り合って鳴く。
029
ゆふ霞 | あめになりゆく | 山さとの | たのもさひ志く | 蛙なくなり |
夕霞 | 雨になりゆく | 山里の | 田の面淋しく | 蛙鳴くなり |
注) たのも(田の面)=田んぼの表面。
雨 中 鶯
030
鶯の | こゑの志つくの | 花の香に | かをるあさけの | 春さめのそて |
うぐいすの | 声の雫の | 花の香に | 薫る朝明の | 春雨の袖 |
注) かをる(薫る)=(煙や霧などが)ほのかに立ちのぼる。 あさけ(朝明)=朝早く、東の空の明るくなるころ。