九代 高見権右衛門武久 (3)

熊本大学付属図書館所蔵 高見家文書 #1001

御紋附羽二重御袷一於御次被下置候文政二年九月朔日日光

御霊屋向并諸堂社御修復御用掛被 仰付候文政二年十二月

十四日兼々出精相勤候ニ付御紋附御継上下一具於御次被下置文政

二年十二月二十七日明日御城罷出候ニ付格別之 恩含より以九曜御紋附

織御熨斗目一於御次被下置候文政二年十二月二十八日今度日光

御手傳御用相勤候ニ付   公儀於 御城

御時服   三 内御小袖二 御熨斗目一

御羽織   一

白銀弐拾枚被下置旨御用番土井大炊頭柳檜木之間ニ而被仰渡候

文政二年十二月二十九日江戸龍ノ口於御殿御用有之罷出申候處今度日光

御手傳御用掛出精相勤候ニ付 九曜御紋附御上下一具 同御紋附 羽二重

御小袖一 同御紋附縮緬袷御羽織一 表海御間於 御前被下置候

文政三年三月朔日龍口於御殿数年出精相勤候ニ付座席中着座同列

被 仰付旨長岡治部丞方被申渡候 今度日光 御社参直ニ

紋附羽二重の袴一を次の間で戴いた。

文政2年9月1日、日光にある御霊屋(みたまや)と諸堂の社を修復するご用掛を仰せ付けられた。

文政2年12月14日、兼々仕事に精を出し励んだので紋付継上下一具を次の間で戴いた。

文政2年12月27日明日江戸城にまかり出ることになったので格別の思召しで九曜紋付織熨斗目一つを次の間にて戴いた。

文政2年12月28日、この度日光のお手伝いのご用を勤めたので、江戸城の公義で時服(季節の服:冬服)を三つ(その内訳は小袖二と熨斗目一)、更に羽織を一つと白銀20枚を下される旨用番の土井大炊頭(おおいのかみ:土井利厚)が 柳の間、檜の間にて申し渡された。

文政2年12月29日江戸の龍ノ口で御殿からご用向きがあると知らされ罷り出たところ、この度の日光お手伝いのご用懸をしっかり励んだので、九曜の紋附上下一具と紋付羽二重、小袖一さらに紋付縮緬袷(ちりめんあわせ)羽織一を表海の間にてお殿様から直接戴いた。

文政3年3月1日龍ノ口の御殿で数年仕事に精を出し励んだので座席の着座同列を仰せ付けられる旨、

方が申渡された。

この度日光御社参り後直ちに御殿の帰国のお供を仰せ付けられる。

一口メモ

謝礼について、文政2年9月に幕府から日光御霊屋修復の命が下されてから、年末に出精相勤に対するお礼を頂いた直後に、江戸城に登城するための準備として12月27日には九曜の御紋付織御熨斗目一具を賜り、翌28日には幕府から公儀で謝礼の品々を頂くことが告がれ、29日には龍ノ口の上屋敷で御殿から直々にお祝いを下された。わずか一か月の間に4回も賜りものを頂くという事態が起きている。謝礼は本人だけのものではないといえどもこんなに手厚くされるのには驚きだ。