先祖の覚 高見市平 その4

熊本大学附属図書館所蔵 高見家文書 #1003

くずし字解読

八石六斗御加増被為拝領都合千石ニ八石六斗を加増なされ、合計千石に
被成下八代江引越十七年相勤申候下された。八代城へ引越をして17年間そこで勤めました。
元禄二年就病気役儀之御断申上候処ニ元禄二年(1689年)病気になったため、仕事の役職を辞退申し上げたところ、
如願被 仰出候お願いの通り、仰せいだされました。
一 親権之助儀御願御役儀被成 御免直ニ一 親である権之助は仕事の役を辞退されて、直ちに
隠居被 仰付家督無相違私ニ被付隠居を仰せ付けられました。家督は間違いなく私に(四代三右衛門重故)付けられ
拝領大組附被 召加候拝領し、大組附に召し加えられました。
右之通ニ御座候以上右の通りです。 以上
元禄二年巳ノ十月  高見市平元禄二年(1689年)巳の年の10月  高見市平

一口メモ

この先祖の覚は、元禄2年に描き上げたものですが、当時は三代の高見権之助が隠居し、四代の三右衛門重故に家督を譲られた年です。この頁は最終部分になりますが、ここでも大きな押し紙が貼られています。この押し紙は祖父である四代三右衛門重故が訂正されたように思えます。市平が先祖の覚を書いたのを祖父に校正してもらったと言うことだと思います。各代の戸主在籍期間を見ますと、三代は33年、四代は43年、五代は25年、六代は19年です。市平は六代の弟になりますが、この関係から、仮に市平が15歳の時に記録したとすると、おかしいかなと思いますが、ひょっとすると、市平の祖父の代替わりに際して、孫の市平にまとめさせ、それを四代が校正したと考えられます。

解読が難しい文章でしたが、件のFacebookのグループ「古文書が読みたい!」のメンバーの皆様のご協力を戴き解読できました。ここに改めて御礼を申し上げます。

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