覚 荒木辰次家来召抱えの儀

熊本大学附属図書館所蔵 高見家文書 #3017

くずし字解読

覚え
細川豊前守殿御家来細川豊前守殿の家来である
荒木重太弟
荒木辰次
荒木重太の弟、荒木辰次について
右者私譜代之家来ニ右の者は私の家に代々仕える家来に
召抱申度差支有之間敷哉土召し抱えを申しあげたいが、差し支えがなかろうかと
彼方家司役中被及契被申候処あちらの家政を支配する人の中で約束できないと、反対する人はいないかと尋ねたところ
右障之儀無由ニ付右之通支障はきたさないとのことなので、この通り
此節召抱申候此段宣敷この機会に召し抱えることにしましたので、宜しく
被成御達可被下候以上命じていただくよう取り計らいをお願いします。 以上。
四月    高見権右衛門4月    高見権右衛門
天保十四年右之通届相済
候事
天保14年(1843年)右の通り、届けが終了しました。

一口メモ

上記文中の細川豊前守殿は、肥後国宇土藩9代藩主の細川 行芬(ほそかわ ゆきか)公です。また、この覚えの差出人の高見権右衛門は当家十代の武棟です。天保14年は、十代武棟が家督を相続して2年後(当時44歳)になりますが、中着座(番頭)という大役を仰せ付けられ、参勤交代のお供や若殿様のお世話など多忙を極めていたと推察されます。

細川行芬公は、熊本藩十代藩主の弟君に当たり、この関係からお殿様が家来を付けるよう命じられ、その人選を弟君に依頼したものと思われます。

尚、この文書の解読に当たりましては、Facebookのグループ「古文書が読みたい!」のメンバーの皆様のご協力を戴きました。ここに改めて御礼を申し上げます。

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