上野上々地證文

熊本大学附属図書館所蔵 高見家文書 #3015

くずし字解読

上野 上々地證文 改 中原利左衛門(印)上野にある上々地の證文で、管理責任者は 中原利左衛門(印)である。
猫ノ火数弐枚五百六拾八番猫ノ火にある土地でその数は2枚、地番は568番。
一 畑六歩 御郡方野開対象の畑の広さは6歩(6坪)で、郡(山鹿)管理の共同使用できる畑である。
運上銀壱分三里弐毛税金は銀1分3厘2毛である。
右者私儀今度御年貢差支才覚之手立右の物件は、今回私が年貢を納める手立てが
無御座候間右野開上地ニ仕候条何方江成共御譲なく、この野開の土地をどちらへでも譲り
御年貢相済候様ニ被成被下候右之野開ニ付何方より茂年貢が納められるように、この野開の土地について
構少茂無御座候尤上地紛無之為証拠御惣庄屋少しも構わず、この優れた土地は紛れもない証拠として惣庄屋
割印申請候所之證文如件の割印によるこの通りの証文である。
天保十三年十二月  小原村上々地主  次郎七(印)天保13年(1842)12月  小原村上々地の主  次郎七(印)
同村五人組 理三次(印)、同 喜右衛門(印)、同 太地右衛門(印)、
同 藤三(印)
五人組の次郎七の仲間である残り4名。
右次郎七儀當御年貢差支才覚之この次郎七は年貢の支払いに問題があり
手立無之抱居候野開畑上地ニ仕候間村々中やりようが無く、野開の畑上地について村々中で
讃談之上貴殿方より右御年貢上納相談した結果、貴方からこの年貢を納める
被仕候ニ付右之上地證文共ニ其方江ということで、右の土地、証文共に貴方へ
譲渡候尤此地方後年共ニ何方より茂譲り渡し、この優れた地方につき、後年共にどちらよりも
構出入無之候間抱地ニ相加可被申候以上出入の関与がない間、所有地に加えられる。以上
同村庄屋 寿右衛門殿(印) 同村 吉三郎殿小原村庄屋 寿右衛門殿 同村 吉三郎殿 

一口メモ

上記の証文は、山鹿郡小原村の地主次郎七が、年貢の支払いが出来なくなったため土地を手放し、資金を得ることになりましたが、それに関連する証文です。売却先は、当時の知行地の権利者であった十代の権右衛門武棟のようです。次頁にこれに関する覚え書きを二通取り上げます。

尚、この文書の解読に当たりましては、Facebookのグループ「古文書が読みたい!」のメンバーの皆様のご協力を戴きました。ここに改めて御礼を申し上げます。

言葉の解説

上野(うえの): 土地の名前で一般的には集落の上手にある野原を指します。

上々地(じょうじょうち): その土地のランク付けで、上々地、上地、下地、下々地があります。

野開(のびらき):地域の住民が共同使用できる山林原野。

運上(うんじょう):小物成(雑税)のこと。

惣庄屋(そうしょうや):十数カ村をまとめて支配した村役人の最上位の者。

如件(くだんのごとし):この通りである(証文の末尾に用いる語です)。

五人組(ごにんぐみ):隣保(りんぽ)制度の組織で、近隣の5戸を一組とし、互いに連帯責任で種々の取り締まりや貢納確保、相互扶助に当たらせたもの。

地方(じかた):農村における民政一般。

抱地(かかえち):所有地。

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