十代 高見権右衛門武棟 (10)
廿七日暫之間御近習御次支配之御用兼候様被 仰付候右同日濱町御屋敷御用
請込(うけこみ)被仰付同年四月九日地旅共数年出精相勤候ニ付座席上着座同列被
仰付候同年四月五日勇姫様御懐妊の処春嶽様御慎中ニ付表向御弘不仕
為在(表向きお弘めあらせ仕らず)候ニ付御用懸不被仰付候得共諸事御用懸同様相心得諸御用を扱候様於
御家老間蔵人殿口達有之候同年九月十七日泰厳院様被遊御逝去同六月
十七日御遺髪被遊御下候ニ付奉守御國許へ被差下候木曽中國路被渡越
来ル廿三日爰許被遊御着段御達御座候ニ付同日江戸出立同八月九日着
くずし字解読
暫之間御近習御次支配之御用兼候様被 仰付(しばらくのあいだ、ごきんじゅう、おつぎしはいの、ごようかね、そうろうよう、おおせつけられ)。しばらくの間、御近習が利用する次の間の采配のご用を兼務するよう仰せ付けられた。
地旅共数年出精相勤候ニ付(じたびとも、すうねん、しゅっせい、あいつとめ、そうろうにつき)。地上での勤務や旅先での勤務共に、数年にわたり、精を出し勤務したので。
春嶽様御慎中ニ付表向御弘不仕(しゅんがくさま、つつしまるなか、につき、おもてむき、おひろめ、(為在=あらせ)つかまつらず)。(勇姫様が御懐妊されたが、)春嶽樣が謹慎中であったため、表向きにはお披露目を行わず。(謹慎中とは、越前国福井藩にまつわる藩政改革での進級派閥交代のいざこざを指す)。
為在候ニ付御用懸不被仰付候得共(あらせ<つかまつらず>、そうろうにつき、ごようがかり、おおせつけられず、そうらえども)。お披露目を行わないので、ご用係は命令されなかったけれども。
御家老間蔵人殿口達有之候(ごかろうのま、くらんどどの、こうたつあり、これそうろう)。家老の間で蔵人殿が、口頭での通達があった。
御遺髪被遊御下候ニ付(おいはつ、おくだりあそばされ、そうろうにつき)。泰厳院様がお亡くなりになり(当時24歳)、遺髪を熊本にお届けすることになり。
爰許被遊御着段御達御座候ニ付(ここもと、おつきあそばさるだん、おたっし、ござそうろう、につき)。この近くで、(泰厳院様の遺髪が)お着き遊ばされるとの、通達があったので。