寒山詩偈讃歌 30
136
山腰雲縵縵 | 谷口風叟叟 |
山腰雲縵縵。 | 谷口風叟叟(しうしう)。 |
注) 「縵縵」 ひろくして果てしなき貌。 「叟叟」 風の貌。 「叟」の正字は「風扁に叟」。
さく花も | 雲もきえ行く | 山風に | はかなき夢の | さめぬ身ぞうき |
山から吹き降ろす風によって今迄咲いていた桜の花も雲さえも、消えてゆくというのに、自分の頼りない夢がなぜか醒めないのは、心を悩ませるものだ。
137
長漂如汎萍 | 不息似悲蓬 |
長く漂(ただよ)うて汎萍(はんぺい=うきぐさ)の如く、 | 息まざること悲蓬(乱れ広がるアブラムシ)に似たり。 |
注)「悲」の正字は心の代わりに虫(=アブラムシ)
立さわぐ | こヽろの浪に | おぼれつヽ | おひはつれども | やむ時ぞなき |
心の平静が失われ、落ち着きがなくなってしまう状況、つまり煩悩は、年をとって衰えてきた今でも、已むことがないものだなあ(武田智孝氏添削)。
138
嘉善矜不能 | 仁徒方得所 |
善を嘉(よみ)して不能を矜(あはれ)なば、 | 仁の徒と方に所を得ん。 |
おのれだに | 直く清くば | 人の世の | すみにごるをば | 何かいふへき |
せめて自分だけでも清廉潔白であれば、澄み濁る世の中が平穏であったり、乱世であったりすることは、どうでも良いことだ(武田智孝氏添削)。
139
俗薄眞成薄 | 人心個不同 |
俗薄くして眞に薄きを成す。 | 人の心は個(こ)れ同じからず。 |
うすくなる | 人のこヽろに | くらぶれば | 紙もあつしと | いふべかりけり |
段々と薄情になってゆく人の心と比べれば、薄っぺらな紙でさえも、それは厚いというべきであった。
140
汝今既飽暖 | 見我不分張 |
汝今既に飽暖にして、 | 我を見て分張せず。 |
わかでたゞ | まづしかりつる | 身のうさを | あたヽかに着て | おもひしりなば |
お前はぬくぬくといっぱい着込んでいる身でありながら、貧しくて着るものもなく凍え震えている他人の身を思いやる気持ちがない。憐みの心を持ってほしいものだ(武田智孝氏訳)。