寒山詩偈讃歌 24
106
嚢裡無青蜻 | 篋中有黄絹 |
嚢裡に青蜻(せいふ=かげろう)無く、 | 篋(けふ)中に黄絹(くわうけん)有り。 |
夢のうちに | わがおもふ人の | きたるこそ | 誠のかよふ | しるしとぞしれ |
自分の好きな人が、夢の中に現れるということは、正に誠意が相手に伝わっている証拠だと思いなさい。
107
送向荒山頭 | 一生願虚擲 |
荒山頭に送向せられて、 | 一生願虚しく擲(なげう)つ。 |
人もまた | 老いず死なずの | 世にしあらば | 苦しき身とも | しらで過ぎまし |
人間も仏様のように、老いないし、死なない世の中であったならば、自分が苦しい立場にあっても、それに気付かずに過ごしたであろう。
108
不用從黄口 | 何須厭白頭 |
黄口(=小児)に從ふことを用いず。 | 何ぞ白頭を厭(いと)ふことを須(もち)ひん。 |
小すゞめの | 食をあされる | 聲きけば | あはれとおもふ | 人もある世を |
小雀が餌を探している声を聴いて、かわいそうだなと思う人がいるこの世は救われる。
109
貧賤骨肉離 | 非關少兄弟 |
貧賤なれば骨肉も離る。 | 兄弟少きに關せず。 |
あはれ世は | たかねの花の | 色をのみ | したふ習と | なるぞかなしき |
ああ何と、この世の中では憧れの存在である、あの花の華やかさだけを、恋い慕う習慣になってしまっている、ということは悲しいことだ。
110
養得八九兒 | 總是隨宜手 |
八九兒を養ひ得たり、 | 總て是れ宜しきに隨(従)ふ手だて、 |
よき事を | はかりてなせる | 手だてこそ | 苦しきを得る | はじめなりけり |
善行を善意からではなく、計算ずくで実行しようとする行為そのものが、紛争を起こす元凶になるだけだ(武田智孝氏添削)。
一口メモ
上記掛軸の筆者である竹添光鴻は、祖厚禅師の一歳年上の漢学者です。
本名は竹添 進一郎(たけぞえ しんいちろう、1842年4月25日〈天保13年3月15日〉- 1917年〈大正6年〉3月31日)は、日本の外交官、漢学者。名は漸、字は光鴻(こうこう、みつあき)、号は井井(せいせい)と称した。甲申政変時の朝鮮弁理公使であり、後に漢学者として活躍した。日本学士院賞受賞。熊本県近代文化功労者。
漢詩、読み下しはつぎの通りに思われます。
我見出家人 | 我出家の人を見るに、 |
不入出家學 | 出家の學に不入らず。 |
欲知真出家 | 真の出家を知らんと欲せば、 |
心浄無繩索 | 心浄(きよ)うして繩索(じょうさく)無し。 |
澄々絶玄妙 | 澄々として玄妙を絶し、 |
如如無倚 | 如如にして倚托(いたく) |
三界任縱橫 | 三界縱橫に任(まか)せ、 |
四生不可泊 | 四生泊(とどま)る可からず。 |
無為無事人 | 無為無事の人、 |
逍遙實快樂 | 逍遙(しょうよう=そぞろ歩き、散歩)として實(まこと)に快樂なり。 |