光尚君御家譜抜書 28

熊本大学附属図書館所蔵 高見家文書 #3008

御差被成御登城被遊候事度々也徒り胴も御斬世被成候
よく落堂り壱尺八寸直焼無銘尓し帝横鈩目貫穴
二ツ阿り一ツハ鈆ニ而埋て阿里銀ニ九曜ノ三川並之目貫尓
赤銅ふち金拵へ也目貫き竹内次郎大夫へ拝領さ世ら連候よし
申傳也数馬男子奈し幼少の女子壱人阿り討死之跡式
養子被 仰付候得共不行跡故御知行被召上候よし竹内
作之允ト云者是可女子ハ本家故ニ予可祖父吉兵衛方へ引取

くずし字解読

御差被成御登城被遊候事度々也(おさしなされ、おとじょう、あそばされ、そうろうこと、たびたびなり)。(関兼光の脇差を)腰に差されて登城なさることも度々だった。

直焼無銘尓し帝横鈩目貫穴(すぐやき、むめいにして、よこ、たたら、めぬきあな)。刃文を直線的に表すように焼き入れをした直焼手法で銘は無く、横鈩製法で作られた。目貫とは目釘の穴。

鈆(=鉛)ニ而埋て阿里銀ニ九曜ノ三川並之(なまり、にて、うめてあり、ぎんに、くようの、みつならび、これ)。(目貫の穴は)鉛で埋めてあり銀に九曜の紋が3つ並んで。

赤銅ふち金拵へ也(しゃくどう、ふちがね、こしらえ、なり)。刀の柄口は赤銅で作られ外装は金で装飾されている。

「拵え」とは、刀剣の外装の意味です。











数馬男子奈し幼少の女子壱人阿り(かずま、だんし、なし、ようしょうの、じょし、ひとりあり)。数馬の子供は男子がおらず、幼少の女子が一人あった。

養子被 仰付候得共不行跡故(ようし、おおせつけられ、そうらへども、ぎょうせき、あらぬゆえ)。養子をとるように命じられたが、そのようなことをしなかったため。

予可祖父吉兵衛方へ引取(よが、そふ、きちべえ、かたへ、ひきとり)。私の祖父である(竹内)吉兵衛の所で(幼女を)引き取る。

一行目に「 徒り胴も御斬世被成候 (つりどうも、おきらせ、なされそうろう)」とありますが、これは試し切り手法の一つである吊胴と思われます。

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