光尚君御家譜抜書 25

熊本大学附属図書館所蔵 高見家文書 #3008

熊本を白昼ニ立退天此時清正ゟ之討手を気遣イ鉄

炮ニ玉薬を込メ火縄ニ火を付ケ混も討手之用心世し可とも

無別条豊前小倉ニ落着諸大名衆方々ゟ抱可申よし

奈里希連ども  忠興公御懇意ニ而本知ニ而被召出其子毛

又竹内市兵衛ト云予可祖父也兄弟五人有之御入国以後

段々被 召出末弟竹内数馬也有馬御陣ニも嫡子吉兵衛者

御用ニ付宇治江罷越居候而御供不申上候七郎右衛門初残りハ

くずし字解読

此時清正ゟ之討手を気遣イ鉄(このとき、きよまさより、これ、うってを、きづかい、てつ)。この時に、清正から討手が来ることを心配し、鉄(砲に)。

混も討手之用心世し可とも(まぜるも、うって、これ、ようじん、せしべしとも)。混乱させてでも、討手を用心すべきであるとの事であったが。

無別条豊前小倉ニ落着(べつじょう、なく、ぶぜんこくらに、らくちゃく)。変わったこともなく、豊前の小倉に無事到着。

御懇意ニ而本知ニ而被召出其子毛(ごこんい、にて、ほんち、にて、めしだされ、そのこも)。よく知っておられたので、領土が保障された知行で、召し出され、その子供も。











又竹内市兵衛ト云予可祖父也(また、たけうち、いちべえといふ、よがそふなり)。(その子も)又、竹内市兵衛というが、それは私(21頁の古老)の祖父です。

段々被 召出末弟竹内数馬也(だんだん、めしだされ、まってい、たけうちかずま、なり)。次々に召し出されたが,末弟(五男)は竹内数馬です。

御用ニ付宇治江罷越居候而(ごよう、につき、うじへ、まかりこし、きょ、そうろうて)。大事な要件があって、宇治に出かけていたところ。

竹内家の面々が出場してきますが、整理すると、竹内市兵衛→吉兵衛→市兵衛(嫡男)、八兵衛(次男)、次郎太夫(三男)、七郎右衛門(四男)、数馬(五男)となります。

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