九代 高見権右衛門武久 (25)

熊本大学付属図書館所蔵 高見家文書 #1001

八重桜御紋附笹形絽御単一 ソウ(さんずいに宗)泉桜御紋附蘭形縮緬御単一

表桜御紋附風織縮緬御被風一被下置候 天保七年三月二十六日

諦了院様御側御道具之内 若松蒔絵御重箱一組 但五重組

大ヒビ焼御花生紫檀臺附一箱 但唐焼 桜御紋透御煙草盆一組

御紙入一 御烟草入御烟管共ニ一組 白銅御香合一 蒔絵御盃一組

外ニ別段 御掛物一幅榮兎ノ絵画二明キ(にんべんに奇)雲山人筆右之通被下置候

天保七年三月従 少将様被下置候 思召之旨ニ而

九曜御紋附羽二重御小袖一従 太守様娘壽亀江被下置候

天保七年四月十九日 諦了院様御画 江之嶋之圖一枚従 太守様被

下置候 天保七年四月二十二日 一橋御用掛被 仰付候

天保七年四月二十二日 松蓋菱御紋附縮緬綿入羽織一

五三桐御紋附羽二重御袷一 桜菱御紋附縮緬袷御羽織一

表桜御紋附縮緬御小袖一 八重桜御紋附段洞絽御肩衣一

右 諦了院様御衣預之内 雅之進様江御譲ニ相成候と

八重桜の紋附笹文様の絽単一、ソウ(さんずいに宗)泉桜の紋附蘭文様の縮緬単一、表桜の紋附風織縮緬被風(かざおりちりめんひふ)一を戴いた。

天保7年3月26日  諦了院様のお側の道具の内 若松蒔絵の重箱一組但し、これは五重組 大ヒビ焼(貫入)花生け紫檀の台付一箱 但し、これは唐焼 桜紋透し煙草(たばこ)盆一組、紙入一、烟草(たばこ)入ときせるは共に一組、白銅(ニッケル入り銅合金)香合(香を入れる蓋付の小さな入れ物)一、蒔絵の盃一組、外に特別に、掛物一幅、明キ(にんべんに奇)雲山人の筆による榮兎の絵画二枚を戴いた。

天保7年3月 思召しによって少将様から戴いた九曜の紋附羽二重小袖一つを太守様から娘の壽亀(すき)へ下された。

天保7年4月19日 諦了院様がお書きになった絵 江の島の図一枚を太守様から戴いた。

天保7年4月22日 一橋ご用掛(御三卿の一つである一橋徳川家との交渉の窓口)を仰せ付けられた。

天保7年4月22日 松蓋菱の紋附縮緬綿入羽織を一つ、五三桐の紋附羽二重袷を一つ、桜菱の紋附縮緬袷羽織を一つ、表桜の紋附縮緬小袖を一つ、八重桜の紋附段洞絽肩衣を一つ、これら諦了院様がお召しになった衣類を雅之進様へお譲りになったものを

くずし字解読

左の画像は上記の行目だが、分解すると「諦了院様」(たいりょういんさま=熊本藩八代藩主細川斉茲公)、「御側御道具之内」(おそばおどうぐのうち=身の回りの道具の内)

「若松蒔絵」(わかまつまきえ=若松の図柄の蒔絵)、「御重箱一組」(おじゅうばこひとくみ=重箱

「但五重組」(ただしごじゅうくみ=但し五段重ね)

「大ヒビ焼御花生」(おおひびやきはないけ=大きなヒビ焼の花器)ヒビ焼きとは、釉薬に意図的にひびを生じさせ、文様としての装飾性を持たせたやきもの。

「紫檀臺附一箱」(したんだいつきひとはこ)、「但唐焼?」(ただしからやき=この解読は間違っていると思われるので、どなたか解読下さい)

「桜御紋透」(さくらごもんすかし)

「御煙草盆一組」(おんたばこぼんひとくみ)

江戸時代の煙草盆 煙草と塩の博物館より