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8.六代 高見権右衛門

嫡男 實子で初めは藤太という                        

 妻 小嶋家より嫁ぐが後離縁、後妻は額田家より入籍 名は貞松

 

六代 高見権右衛門

宝暦7年(1757年)2月家督を継ぎ、役職は大組附

減封取付目録900石(寶歴7年7月13日)

(減封は重賢公が藩主に着任すると同時に宝暦の改革に着手し、その影響と思われる)

明和3年(1766年)9月鉄炮三拾挺副頭に仰せつけられる

同6年(1769年)鉄炮拾挺頭に仰せつけられる

安永4年(1775年)閏12月14日病死 

法名は 顕了院 高麗門妙立寺葬

弟高見市平 後 意 → その子は亀之丞 といい藤本家の養子となる。 
同 三郎 山尾善兵衛の養子となる その節に名を市三郎と改める。

 その後 藤右衛門と名を改める。実名は 安良という。

妹 ゑの 藤崎作右衛門の妻となる。 法名は 慈仙院

妹 くん 須佐美源左衛門の妻となる。法名は 蓮香院

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はじめに

2 高見家関連年表
3 本国及び初代和田勝五郎重治(後高見権右衛門重治) 4 二代高見権右衛門重政
5 三代高見権之助 6 四代高見三右衛門
7 五代高見権右衛門政武 8 六代高見権右衛門
9 七代高見権之助政朱 10 八代高見右源太政信
11 九代高見數衛政久(後権右衛門武久) 12
13 十一代高見熊之助(後嶋之助) 14