松の落葉
水莖の あとを見るにも もろともに あそひしゆめの 春そこひしき
緖言 ◎ 此松の落葉は、昔志吾 父の朝日のさ志たる窓のかたはら、 梅の花になく鶯の初音をめで、假寝の枕のほとり、花橘の 薫りに昔志を忍び、松の軒はに照り志月の光、竹の園ふを 埋め志、雪の色のけ志きなどを始めと志て、ありとあらゆる 世のありさまを、みやび心に浮びいづるまゝ、よみいでられ志 歌どもなり。 もとは歌の數もあまたありつれど、西南の騒ぎに、原書は空志く 兵火のために烏有(うゆう=全くない)に歸志たり。さればそのゝち 吾父は、かさねて筆をとりて、再び松の落葉をかきあつめむと思ひ たゝれ志も、中途に志て病のために世をさられぬれば、今は わづかに、花の香と月の光とを、めでられ志俤(おもかげ)を 存するにとゞまりぬ。
◎ 歌の順序は吾 父の書き於かれ志草稿のまゝなれば、 ほゞ部門を四季戀雑の四種に分類志あるに過ぎす。 ◎ 巻頭にかゝげ志水莖のあとなる歌は、吾 叔父なる高見 廣川ぬ志の、かくば志き(かぐは志き?)花の陰に、さやかなる月の下に、 なき父と袂つらねて遊ひたまひ志夢のあとを、なつか志 く於もはれてよせらり志ものなり。 ◎ 巻頭にかゝげ志序文ならびに於くがきは、吾兄秋水の 筆によりて、のこりなく綴りいだされ志ものなり。 ◎ 此松の落葉を、上梓(じょうし=出版)せ志ゆゑんのものは、あへて吾 父の 遺稿を、世に傳へ人に知ら志めむとの、心にはあらず、た ゝ父の思のこもれる遺稿が、猶この上にも散りうするもの、 厄にかゝらむことを、恐るゝがためなれば、世の人、ゆめ ほこりかになせ志と思ふことなかれ。
明治四十二年酉の四月十八日 志方景美誌
松 の 落 葉 春 歌 鶯 千 春 友 001 これのみや ちとせの春の 友ならむ なれ志のきはの 黄鶯の聲
002 友となり ともにな志つゝ 鶯よ ちとせの春を かけてちきらむ
雪 中 鶯 003 さゝのはの ゆきをこほ志て あかつきの 初音うれ志き 軒の鶯
004 竹の子に あらぬ初音の 嬉志きは ゆきの中なる うくいすの聲
005 梅か枝に はふけはやかて ちる雪を はなにな志ても 鶯のなく 006 うくひすの 聲のとかなり 梅か枝に 残れる雪も 花にな志つゝ 霞 中 柳 007 絶々に 吹なす春の ゆふかぜに なひくかすみや あを柳のいと
若 菜 稀 008 かき暮志 雪の降野を あさりても つまとる程も なき若菜かな
霞 知 春 009 若草も また萌いてぬ 春日野は かすみはかりや 春を志るらむ
都 早 春 010 さ江かへり やなき櫻の いろもな志 都の春を なにゝとはま志
梅 香 留 袖 011 あかさり志 心やこゝに 留るらむ 見志はきのふの 袖の梅かゝ
012 分きつる 梅の園生の 名残とや をられぬ袖に うくいすのなく
013 折つれは とまるたもとの 香をとめて こゝにもきなけ 軒の鶯
014 打かけて 手折り志袖に 梅かゝの とまるか夜半の 夢もかをれり
歸 雁 015 ふる郷の 花さく春を 思ひ出て かへるか雁の こゑのとゝけき
016 歸る雁 いかに契れる 春なれは さき出る花も またていぬらむ
河 邊 柳 017 吹風も いと志つかなる 川柳 なひくやそこの たま藻なるらむ
018 影うつす 清瀧川の やなきはら 志たゆく水も みとりなりけり
夕 春 雨 019 花の枝は ふるとも見江す 夕霞 かすみや露を まつこほ志けむ
水 邊 欸 冬 020 立よりて 井出の川水 結ふ手の 志つくより散る やまふきの花
021 かけ見江て またくれはてぬ 山吹の 水の春こそ 盛りなりけれ
022 せきとめて 井出の柵 こゝにのみ はるをのこせる 山吹のはな
023 くれかゝる 色とも見江す はな筏 つなきとめたる き志の山吹
024 山ふきの 花の一ひら くれのこる 春をのせても くたすかは舟
025 いかた志の 棹の雫に ちりそめて 春をなかせる やまふきの花
浦 藤 026 住吉の き志の藤なみ 岩こ江て うらわ淋志き はるのゆふくれ
027 花の枝は ふるとも見江す 夕霞 かすみや露を まつこほ志けむ
夕 蛙 028 吹風も そて寒からぬ ゆふくれに 小田の蛙の こゑきほふなり
029 ゆふ霞 あめになりゆく 山さとの たのもさひ志く 蛙なくなり
雨 中 鶯 030 鶯の こゑの志つくの 花の香に かをるあさけの 春さめのそて
残 雪 031 き江残る 高根の雪の それにさへ また春さむき 程そ志らるゝ
032 都人 はやわかなつむ 春そとも 志らぬみやまの ゆきの志た庵
雪 中 若 菜 033 豊年の 野邊の白雪 ふりはへて つまむとそ思ふ 野邊の若菜を
034 君かため 先搔わけて 芹なつな ゆきの中野を つめるなりけり
梅 薫 風 035 めにはまた みぬ初花の うれ志きは 咲かた志るき 風の梅か香
036 ふく風の 袂とめきて かをるなり 梅さく里や ちかくなりけむ
霞 中 鶯 037 山もとの 霞もれ來て 閨の中に はるをいれたる うくひすの聲
038 さく梅も また色くらき 曙の かすみもれくる うくひすのこゑ
039 かすみより 一聲にほふ 鶯は うめ咲くかたを 志らせてやなく
春 雪 似 花 040 ちると見志 梅の梢は 春の雪 つもらぬ江たを もるゝなりけり
041 降る雪の 花に紛ふは 君かよの ゆたけき春の 志る志なるらむ
朝 春 雨 042 雨の音 於ほろにきゝて 朝床の ゆめさへ春は のとかなりけり
043 春さめの 軒の玉水 音すなり うへこそ今朝は ねよけなりけり
花 間 鶯 044 朝日影 匂をそへて さく花を こほれいてたる うくいすのこゑ
春 の う た 045 春の日は 垣根のね芹 壺すみれ つむと志もなき 荒ひのみ志て
春 月 幽 046 こゝのみは また暮はてぬ 花の枝に そこはかとなき 夕月の影
047 花のかけ かすみの奥の 争ひは なほ於ほろなり 春の夜のつき
春 草 漸 青 048 日に添ひて 草や緑に なりぬらむ のへの霞の いろかはりゆく
049 うへ志こそ つもり志雪も き江つらめ 下萌そめ志 野邊の若草
雲 雀 050 霞たつ 末野のくさに とこ志めて つまこめになく 夕雲雀かな
051 なかき日も なく音絶せぬ 雲雀かな 霞や於のか すみかなるらむ
尋 花 052 於くれ志の 心のこまに むちそへて 花ゆゑいそく 春の山ふみ
山 路 尋 花 053 わけきつる 山路や遠く なりぬら志 浮世はなれ志 花の色かな
花 初 開 054 ね過志ゝ 蝶かとはかり たどるかな 綻ひそめ志 花のひとひら
若 水 055 汲そめて 浸す筆さへ いのち毛の なかきため志の 今朝の若水
遠 山 霞 056 ゆひさゝむ 便たにな志 夕霞 かねては志るき 阿蘇のかみやま
野 外 霞 057 夕霞 幾重たつらむ かねて見志 のすゑの松は 於もかけもな志
058 たとりつゝ ゆくてや猶も 遠らし 鐘の音かすむ 野路の夕くれ
鶯 告 春 059 かゝらすは それともまたき 志ら雪の ふるすなからの 鶯の聲
060 朝日影 光きらめく 雪の中に はるをたとらぬ うくひすのこ江
閑 庭 梅 061 猶さらに 薫もきよ志 世の塵の けかさぬ庭の よるの梅かゝ
小竹園の屏風の繪に梅の花畫きたる 062 さく梅も 常磐堅盤の 宿なれは 散ということは 志らすや有覽
063 園の竹 軒はの梅よ 君か經む ちとせの春の いろそへなゝむ
梅 混 雪 064 思へとも 何れをそれと 分かねつ ちりかゝる梅 降りつもる雪
065 夕暮の 窓於も志ろく ふるは梅 さくは深雪の つもるなりける
山 春 月 066 あそのねの み雪やまたき 残るらむ 猶さ江のほる 春の夜の月
依 風 知 梅 067 ふくかせを 尋ねゆくての 枝折にて 幾里か見志 梅のはなその
068 ふくかせの さそふ袂の かをらすは 梅さく軒も 知らて過ま志
朝 梅 069 さきみち志 軒端の梅の 朝志めり 花のにほひも 沈むはかりに
070 さなきたに 枝重けなる 梅の露 ありあけの月の 影をやとして
春 月 朧 071 春の夜は かすのみ於くの 月影を またくれぬ日と 思ひける哉
山 花 未 開 072 山さくら 麓のさとを 見盡志て たつねいるへき 人やまつらむ
073 春の日を なほなかゝれと よの中に 於くれて峰の 花や咲らむ
尋 蕨 折 花 074 尋ね入る 野邊の早わらひ 折かへて たか根の櫻 かさ志つる哉
075 たちとまり まつをりかさす 山櫻 ちらぬ蕨は あとにのこ志て
雨 中 花 076 はなは猶 さきそはりつゝ 春さめの 雫のみちる 山さくらかな
花 隔 月 077 はるの月 ふかく霞と 於もひ志は 花の陰ゆく 程にそありける
078 照月の よそに志られぬ 春のよの 於ほろは花の 匂ひなりけり
079 てる月の うつせる袖は 於も志ろき 初はな櫻 うきぬひに志て
雨 中 落 花 080 あすよりは いかにくらさむ 春さめに 岩こす浪も 櫻なりけり
081 今はとて ちりゆくさくら さく櫻 こゝろ盡志の 春さめのそら
夜 思 花 082 さまさまに 於もひ集めて 山さくら 夜こそ花は 盛りなりけり
尋 花 不 定 處 083 けふも花 きのふもはなと 野に山に こゝろの駒を
打任せつゝ
084 心あてに 葉山志け山 分わひぬ いつれの雲か さくらなるらむ
花 初 開 085 心あてに かねてそ待志 初櫻 於くるへ志やは 於くれさりけり
松 上 藤 086 夕潮は うらはの松の 志つ枝のみ ひきのこ志ても 見ゆる藤波
春 里 087 瓦やく けふりの末は ひとつにて かすみそふかき 大原のさと
088 くれてゆく 春をもよそに 宇治の里 このめつむなる 聲そ賑ふ
089 ちる花の 岩こすなみも にほふなり 梅津のさとの 春雨のころ
090 ふ志のまも 短き物を 假ねする あ志やのさとの 春のよのゆめ
早 春 091 なにとなく 花になりゆく 袂かな 春めきそむる 人のこゝろに
092 きのふけふ 雪けなかるゝ 谷川の 水さへはるは 花と見江つゝ
花の下を車に乗りてゆく人あり 093 このもとに わたちならへて 休ふは 花にひかれ志 車なるらん
浦 春 月 094 さても猶 於ほろなるらむ 紀の國の 吹上のうらの 春の夜のつき
095 淡路志ま あはとも見江す 津の國の なにはの浦の 朧夜のつき
夜 花 096 心志る 人もとはなむ 小簾の外も かせ静なる つきの夜さくら
097 いさゝらは こよいもこゝに あか志てむ 飽ぬ心を 花に宿志て
浪速の櫻の宮にて 098 ちる花と くるゝ日かけを なには川 せきとゝむへき 棚もかな
野村督學と學校巡視する道にて 099 ちると見て 散ぬさくらの ひとひらは 蝶の眼の 覺志なりけり
天草の舟路にて 100 覺つかな 春の舟人 さ志てゆく かすみやけふの 泊りなるらむ
山 路 尋 花 101 わけ來つる 山路や 遠くなりぬらむ うきよはなれ志 花の色哉
102 踏なれぬ 岩根松かね 咲花の それゆゑにこそ たとり來にけり
103 ま志らのみ なれて木傳ふ 深山路の 花にそ人の 跡はありけり
花 下 送 日 104 よの中の 歎きも志らて さく花に 春の日かすを 盡志つるかな
105 於もほ江す 日かすへにけり 櫻花 さき散る程の 旅ねなれとも
106 假ね志て 幾日見つらむ やま櫻 くさひき結ふ ほとはなけれと
春 旅 107 とまるへき 宿の枝折も さくらにて 春のたひ路の 於も白き哉
108 於もふほと 花見てゆかむ 朧よの 月於も志ろき はるの旅路は
109 たちとまり /\見志 花ゆゑに 月ふむみちと なれるたひかな
110 さもあらは あれ急ぬ旅路 けふも又 行手の花に 日は暮るとも
111 永き日も なほゆきくれて 花鳥の いろ音のとけき 春の旅路は
折 花 112 さくら花 見せはやひとに 永き日も あかぬ心を 折かさ志つゝ
雨 後 花 113 のとかにも はれにけるかな 春雨の 名残は花の つゆに残志て
曙 花 114 あけほのゝ 空はかすみて 花にのみ 有明の月の いろそ殘れる
花 下 忘 歸 115 歸るへき 日影わすれて 花のもと またぬ月ふむ 路となりにき
野 花 留 人 116 かりそめに 結ふもをか志 草まくら 末野の櫻 さかりなるころ
古 寺 花 117 さき散るも 花にまかせて すむ人は いつ志かた江て 峰の古寺
月 前 落 花 118 月もなほ 花の名殘を ゝ志みてや ちりゆく花に 影やとすらむ
山 家 花 119 山里も 静こゝろなく くらせるは はなの盛りの 日數なりけり
花 下 逢 友 120 咲く花の 木かけを志めて まとゐせむ 志るも知らぬも 同志莚に
花 浪 121 かせさそふ 花の木かけは 心なき 袖にもよする はなの志ら浪
落 花 随 風 122 さそはれて 遠くちりゆく 櫻かな 風のゆくへの 末見ゆるまて
夕 花 123 色まさる 庭の櫻の ゆふは江は のこる日影の にほひなりけり
見 春 月 思 昔 124 なにゆゑの 袖のなみたそ 春の夜の 月に昔志の 影は見江ねと
春 日 聞 鶴 125 も江そむる 芦まの鶴の もろ聲は 雲の上まて きこ江さらめや
春 祝 126 於ほ惠 あまねきけふの 春雨に 濡れぬ草木も なき夜なりけり
127 思ふ事 なくてこそみめ 櫻花 のとけき御代の 春にやはあらぬ
池 水 波 静 128 き志の松 そこの玉もゝ のとかにて なみ志つかなる 春の池水
霞 中 花 129 櫻花 さきにけら志な 於ほ空の かすみも花の にほひなりけり
橋 上 落 花 130 月のみと 於もひかけたる 川橋に けふは花さへ ちり渡りつゝ
131 ちりかゝる つゝみの櫻 かせふけは 花を渡せる 宇治のかは橋
馴 花 132 ゆふ月夜 かすむあ志たも なれ/\て 花に盡さむ 春の日数を
待 花 133 われ人に またせ/\て さくら花 さかぬほとさへ 永き春かな
134 まつほとの 花の俤 つれなさを ふくめる色も にくからねとも
松 の 落 葉 夏 歌 待 時 鳥 135 ほとゝきす まつこの頃は 夏衣 重ねてよをも ふか志つるかな
郭 公 遍 136 ほとゝきす 聲の盛に なりにけり 待夜むな志き 里もなきまて
遅 櫻 137 ほとゝきす 尋ねわひたる たにかけを 春にかへせる 遅櫻哉
葵 138 葵くさ かけてそいのる 世の中を むか志にかへせ 賀茂の川水
139 葵草 けふかけそへて 玉かつら なかき契りを なほやたのまむ
簾に葵かけたる家あり 140 祈れたゝ 二葉にかけて いよ簾 かみと君との 御代にあふひを
141 かけ渡す 簾を見ても 君が代に たれもあふひの かけ頼むらむ
夏 月 映 泉 142 夏のよは ほとなき庭の 泉にも よもすから月の 影やとすなり
水 鶏 驚 夢 143 み志夢は 跡なく覺めて 柴の戸を たゝく水鶏の こゑそ殘れる
144 たち歸り いかに水鶏の 敲くとも 浮世の夢は さめすやある覽
澤 螢 145 風さそふ 澤邊の草の 夕露に みたれあひても とふほたるかな
146 ほたるとふ 淺澤水は 淺けれど 深き於もひや 身をこかすらむ
147 夕まくれ 澤べのあ志に 於く露の こほれて飛ふは 螢なりけり
148 陰くらき 澤邊のあ志の 下葉より まつあらはれて 飛ぶ螢かな
149 なつ艸の 繁き方より 見江そめて 澤邊涼志く とふほたるかな
麥 150 はな衣 ぬきかえ志日は ほとなきに 門田の麥生 色つきにけり
151 志つの男か ゝたほにゑみて 刈いるゝ 麥も秋ある 程そ知るゝ
152 夕風に さそひ/\て 門ことに むきうつこゑの にきは志き哉
瀧 五 月 雨 153 水まさる 瀧つ岩根の 姿さへ はれてはみ江ぬ さみたれのそら
154 五月雨に またいくはくか 添ぬらむ みつかさまさる 布引の瀧
卯 花 155 たへかたき 暑さならねと 夕風の 嬉志き程や うつきさくころ
156 みれはたゝ 嬉志き物を 昔より なにうの花と なつけそめけむ
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