松の落葉

水莖の あとを見るにも もろともに あそひしゆめの 春そこひしき

緖言

◎ 此松の落葉は、昔志吾 父の朝日のさ志たる窓のかたはら、

  梅の花になく鶯の初音をめで、假寝の枕のほとり、花橘の

  薫りに昔志を忍び、松の軒はに照り志月の光、竹の園ふを

  埋め志、雪の色のけ志きなどを始めと志て、ありとあらゆる

  世のありさまを、みやび心に浮びいづるまゝ、よみいでられ志

  歌どもなり。

  もとは歌の數もあまたありつれど、西南の騒ぎに、原書は空志く

  兵火のために烏有(うゆう=全くない)に歸志たり。さればそのゝち

  吾父は、かさねて筆をとりて、再び松の落葉をかきあつめむと思ひ

  たゝれ志も、中途に志て病のために世をさられぬれば、今は

  わづかに、花の香と月の光とを、めでられ志俤(おもかげ)を

  存するにとゞまりぬ。

  

◎ 歌の順序は吾 父の書き於かれ志草稿のまゝなれば、

  ほゞ部門を四季戀雑の四種に分類志あるに過ぎす。

◎ 巻頭にかゝげ志水莖のあとなる歌は、吾 叔父なる高見

  廣川ぬ志の、かくば志き(かぐは志き?)花の陰に、さやかなる月の下に、

  なき父と袂つらねて遊ひたまひ志夢のあとを、なつか志

  く於もはれてよせらり志ものなり。

◎ 巻頭にかゝげ志序文ならびに於くがきは、吾兄秋水の

  筆によりて、のこりなく綴りいだされ志ものなり。

◎ 此松の落葉を、上梓(じょうし=出版)せ志ゆゑんのものは、あへて吾 父の

  遺稿を、世に傳へ人に知ら志めむとの、心にはあらず、た

  ゝ父の思のこもれる遺稿が、猶この上にも散りうするもの、

  厄にかゝらむことを、恐るゝがためなれば、世の人、ゆめ

  ほこりかになせ志と思ふことなかれ。

  

  

    明治四十二年酉の四月十八日   志方景美誌

 

  松 の 落 葉

      春  歌

        鶯 千 春 友

001

これのみや ちとせの春の 友ならむ なれ志のきはの  黄鶯の聲

黄鶯=高麗鶯(こうらいうぐいす)。ウグイスとは別種。

002

友となり ともにな志つゝ 鶯よ ちとせの春を かけてちきらむ

  

        雪  中  鶯

003

さゝのはの ゆきをこほ志て あかつきの 初音うれ志き 軒の鶯

  

004  

竹の子に あらぬ初音の 嬉志きは ゆきの中なる うくいすの聲

  

005  

梅か枝に はふけはやかて ちる雪を はなにな志ても 鶯のなく

  

006  

うくひすの 聲のとかなり 梅か枝に 残れる雪も 花にな志つゝ

  

        霞  中  柳

007

絶々に 吹なす春の ゆふかぜに なひくかすみや あを柳のいと

  

        若  菜  稀

008

かき暮志 雪の降野を あさりても つまとる程も なき若菜かな

あさりても=探しまわっても。  

        霞  知  春

009

若草も また萌いてぬ 春日野は かすみはかりや 春を志るらむ

  

        都  早  春

010

さ江かへり やなき櫻の いろもな志 都の春を なにゝとはま志

  

        梅 香 留 袖

011

あかさり志 心やこゝに 留るらむ 見志はきのふの 袖の梅かゝ

梅かゝ=梅の香り。  

012

分きつる 梅の園生の 名残とや をられぬ袖に うくいすのなく

  

013

折つれは とまるたもとの 香をとめて こゝにもきなけ 軒の鶯

  

014

打かけて 手折り志袖に 梅かゝの とまるか夜半の 夢もかをれり

  

        歸    雁

015

ふる郷の 花さく春を 思ひ出て かへるか雁の こゑのとゝけき

  

016

歸る雁 いかに契れる 春なれは さき出る花も またていぬらむ

またていぬらむ=待たずに行ってしまうだろう。  

        河  邊  柳

017

吹風も いと志つかなる 川柳 なひくやそこの たま藻なるらむ

  

018

影うつす 清瀧川の やなきはら 志たゆく水も みとりなりけり

  

        夕  春  雨

019

花の枝は ふるとも見江す 夕霞 かすみや露を まつこほ志けむ

ふる=触る。  

        水 邊 欸 冬

020

立よりて 井出の川水 結ふ手の 志つくより散る やまふきの花

欸冬=ふき。  

021

かけ見江て またくれはてぬ 山吹の 水の春こそ 盛りなりけれ

  

022

せきとめて 井出の柵 こゝにのみ はるをのこせる 山吹のはな

  

023

くれかゝる 色とも見江す はな筏 つなきとめたる き志の山吹

  

024

山ふきの 花の一ひら くれのこる 春をのせても くたすかは舟

くれのこる=日が沈んだあと、しばらく明るさが残る。  

025

いかた志の 棹の雫に ちりそめて 春をなかせる やまふきの花

棹(さお)=水棹(みさお)。  

        浦    藤

026

住吉の き志の藤なみ 岩こ江て うらわ淋志き はるのゆふくれ

うらわ=浦曲。  

027

花の枝は ふるとも見江す 夕霞 かすみや露を まつこほ志けむ

  

        夕    蛙

028

吹風も そて寒からぬ ゆふくれに 小田の蛙の こゑきほふなり

  

029

ゆふ霞 あめになりゆく 山さとの たのもさひ志く 蛙なくなり

たのも=田の面。  

        雨  中  鶯

030

鶯の こゑの志つくの 花の香に かをるあさけの 春さめのそて

  

        残   雪

031

き江残る 高根の雪の それにさへ また春さむき 程そ志らるゝ

  

032

都人 はやわかなつむ 春そとも 志らぬみやまの ゆきの志た庵

  

        雪 中 若 菜

033

豊年の 野邊の白雪 ふりはへて つまむとそ思ふ 野邊の若菜を

  

034

君かため 先搔わけて 芹なつな ゆきの中野を つめるなりけり

  

        梅  薫  風

035

めにはまた みぬ初花の うれ志きは 咲かた志るき 風の梅か香

  

036

ふく風の 袂とめきて かをるなり 梅さく里や ちかくなりけむ

  

        霞  中  鶯

037

山もとの 霞もれ來て 閨の中に はるをいれたる うくひすの聲

閨(ねや)=寝屋(奥深いところにある部屋)。  

038

さく梅も また色くらき 曙の かすみもれくる うくひすのこゑ

  

039

かすみより 一聲にほふ 鶯は うめ咲くかたを 志らせてやなく

  

        春 雪 似 花

040

ちると見志 梅の梢は 春の雪 つもらぬ江たを もるゝなりけり

  

041

降る雪の 花に紛ふは 君かよの ゆたけき春の 志る志なるらむ

  

        朝  春  雨

042

雨の音 於ほろにきゝて 朝床の ゆめさへ春は のとかなりけり

  

043

春さめの 軒の玉水 音すなり うへこそ今朝は ねよけなりけり

  

        花  間  鶯

044

朝日影 匂をそへて さく花を こほれいてたる うくいすのこゑ

  

        春 の う た

045

春の日は 垣根のね芹 壺すみれ つむと志もなき 荒ひのみ志て

        春  月  幽

046

こゝのみは また暮はてぬ 花の枝に そこはかとなき 夕月の影

  

047

花のかけ かすみの奥の 争ひは なほ於ほろなり 春の夜のつき

  

        春 草 漸 青

048

日に添ひて 草や緑に なりぬらむ のへの霞の いろかはりゆく

  

049

うへ志こそ つもり志雪も き江つらめ 下萌そめ志 野邊の若草

  

        雲    雀

050

霞たつ 末野のくさに とこ志めて つまこめになく 夕雲雀かな

とこ(常、床)。つまこめ(妻籠め)=妻を隠して。  

051

なかき日も なく音絶せぬ 雲雀かな 霞や於のか すみかなるらむ

  

        尋    花

052

於くれ志の 心のこまに むちそへて 花ゆゑいそく 春の山ふみ

  

        山 路 尋 花

053

わけきつる 山路や遠く なりぬら志 浮世はなれ志 花の色かな

  

        花  初  開

054

ね過志ゝ 蝶かとはかり たどるかな 綻ひそめ志 花のひとひら

綻(たん)=ほころび。  

        若    水

055

汲そめて 浸す筆さへ いのち毛の なかきため志の 今朝の若水

  

        遠  山  霞

056

ゆひさゝむ 便たにな志 夕霞 かねては志るき 阿蘇のかみやま

ゆひさゝむ=指差さん。  

        野  外  霞

057

夕霞 幾重たつらむ かねて見志 のすゑの松は 於もかけもな志

  

058

たとりつゝ ゆくてや猶も 遠らし 鐘の音かすむ 野路の夕くれ

遠らし=とほくらし。  

        鶯  告  春

059

かゝらすは それともまたき 志ら雪の ふるすなからの 鶯の聲

  

060

朝日影 光きらめく 雪の中に はるをたとらぬ うくひすのこ江

  

        閑  庭  梅

061

猶さらに 薫もきよ志 世の塵の けかさぬ庭の よるの梅かゝ

  

        小竹園の屏風の繪に梅の花畫きたる

062

さく梅も 常磐堅盤の 宿なれは 散ということは 志らすや有覽

常磐堅盤(ときわかきわ)=物事が永久不変であること。  

063

園の竹 軒はの梅よ 君か經む ちとせの春の いろそへなゝむ

  

        梅  混  雪

064

思へとも 何れをそれと 分かねつ ちりかゝる梅 降りつもる雪

分かねつ(わけかねつ)=分別できない。  

065

夕暮の 窓於も志ろく ふるは梅 さくは深雪の つもるなりける

  

        山  春  月

066

あそのねの み雪やまたき 残るらむ 猶さ江のほる 春の夜の月

あそのね=阿蘇の峰。  

        依 風 知 梅

067

ふくかせを 尋ねゆくての 枝折にて 幾里か見志 梅のはなその

  

068

ふくかせの さそふ袂の かをらすは 梅さく軒も 知らて過ま志

  

        朝    梅

069

さきみち志 軒端の梅の 朝志めり 花のにほひも 沈むはかりに

  

070

さなきたに 枝重けなる 梅の露 ありあけの月の 影をやとして

  

        春  月  朧

071

春の夜は かすのみ於くの 月影を またくれぬ日と 思ひける哉

「かすのみ於くの」は、「かすみの於くの(霞の奥の)」か?  

        山 花 未 開

072

山さくら 麓のさとを 見盡志て たつねいるへき 人やまつらむ

見盡志て(みつくして)。  

073

春の日を なほなかゝれと よの中に 於くれて峰の 花や咲らむ

於くれて(遅れて)。  

        尋 蕨 折 花

074

尋ね入る 野邊の早わらひ 折かへて たか根の櫻 かさ志つる哉

早わらひ(さわらび)=早熟の蕨。  

075

たちとまり まつをりかさす 山櫻 ちらぬ蕨は あとにのこ志て

まつをりかさす=まづ、折り挿頭(翳)す。  

        雨  中  花

076

はなは猶 さきそはりつゝ 春さめの 雫のみちる 山さくらかな

さきそはりつゝ=咲き添いながら。   

        花  隔  月

077

はるの月 ふかく霞と 於もひ志は 花の陰ゆく 程にそありける

  

078

照月の よそに志られぬ 春のよの 於ほろは花の 匂ひなりけり

  

079

てる月の うつせる袖は 於も志ろき 初はな櫻 うきぬひに志て

うきぬひ=刺繍のように糸を浮かせて縫うこと。  

        雨 中 落 花

080

あすよりは いかにくらさむ 春さめに 岩こす浪も 櫻なりけり

  

081

今はとて ちりゆくさくら さく櫻 こゝろ盡志の 春さめのそら

こゝろ盡志=心づくしの。  

        夜  思  花

082

さまさまに 於もひ集めて 山さくら 夜こそ花は 盛りなりけり

  

        尋 花 不 定 處

083

けふも花 きのふもはなと 野に山に こゝろの駒を  打任せつゝ

  

084

心あてに 葉山志け山 分わひぬ いつれの雲か さくらなるらむ

  

        花  初  開

085

心あてに かねてそ待志 初櫻 於くるへ志やは 於くれさりけり

於くるへ志やは=遅れてしまったか。  

        松  上  藤

086

夕潮は うらはの松の 志つ枝のみ ひきのこ志ても 見ゆる藤波 

  

        春    里

087

瓦やく けふりの末は ひとつにて かすみそふかき 大原のさと

  

088

くれてゆく 春をもよそに 宇治の里 このめつむなる 聲そ賑ふ

  

089

ちる花の 岩こすなみも にほふなり 梅津のさとの 春雨のころ

  

090

ふ志のまも 短き物を 假ねする あ志やのさとの 春のよのゆめ

  

        早    春

091

なにとなく 花になりゆく 袂かな 春めきそむる 人のこゝろに

  

092

きのふけふ 雪けなかるゝ 谷川の 水さへはるは 花と見江つゝ

  

        花の下を車に乗りてゆく人あり

093

このもとに わたちならへて 休ふは 花にひかれ志 車なるらん

  

        浦  春  月

094

さても猶 於ほろなるらむ 紀の國の 吹上のうらの 春の夜のつき

  

095

淡路志ま あはとも見江す 津の國の なにはの浦の 朧夜のつき

  

        夜    花

096

心志る 人もとはなむ 小簾の外も かせ静なる つきの夜さくら

小簾の外も(こすのとも)=小さなすだれの外も。  

097

いさゝらは こよいもこゝに あか志てむ 飽ぬ心を 花に宿志て

  

        浪速の櫻の宮にて

098

ちる花と くるゝ日かけを なには川 せきとゝむへき 棚もかな

棚(かけはし)=桟(水上にかけ渡した橋)。  

        野村督學と學校巡視する道にて

099

ちると見て 散ぬさくらの ひとひらは 蝶の眼の 覺志なりけり

野村督學=野村校長(野村素介)。  

        天草の舟路にて

100

覺つかな 春の舟人 さ志てゆく かすみやけふの 泊りなるらむ

  

        山 路 尋 花

101

わけ來つる 山路や 遠くなりぬらむ うきよはなれ志 花の色哉

  

102

踏なれぬ 岩根松かね 咲花の それゆゑにこそ たとり來にけり

岩根松かね(いはねまつがね)=岩の根元や松の根子。  

103

ま志らのみ なれて木傳ふ 深山路の 花にそ人の 跡はありけり

ま志ら=猿。  

        花 下 送 日

104

よの中の 歎きも志らて さく花に 春の日かすを 盡志つるかな

盡志(つくし)。  

105

於もほ江す 日かすへにけり 櫻花 さき散る程の 旅ねなれとも

於もほ江す(思ほえず)=思いがけず。  

106

假ね志て 幾日見つらむ やま櫻 くさひき結ふ ほとはなけれと

  

        春    旅

107

とまるへき 宿の枝折も さくらにて 春のたひ路の 於も白き哉

  

108

於もふほと 花見てゆかむ 朧よの 月於も志ろき はるの旅路は

  

109

たちとまり /\見志 花ゆゑに 月ふむみちと なれるたひかな

/\見志=たちとまりみし。  

110

さもあらは あれ急ぬ旅路 けふも又 行手の花に 日は暮るとも

あれ急ぬ旅路(あれせかぬたび?)。  

111

永き日も なほゆきくれて 花鳥の いろ音のとけき 春の旅路は

  

        折    花

112

さくら花 見せはやひとに 永き日も あかぬ心を 折かさ志つゝ 

見せはや(みせばや)=もし見せるのであれば。  

        雨  後  花

113

のとかにも はれにけるかな 春雨の 名残は花の つゆに残志て

  

        曙    花

114

あけほのゝ 空はかすみて 花にのみ 有明の月の いろそ殘れる 

  

        花 下 忘 歸

115

歸るへき 日影わすれて 花のもと またぬ月ふむ 路となりにき

  

        野 花 留 人

116

かりそめに 結ふもをか志 草まくら 末野の櫻 さかりなるころ

  

        古  寺  花

117

さき散るも 花にまかせて すむ人は いつ志かた江て 峰の古寺

  

        月 前 落 花

118

月もなほ 花の名殘を ゝ志みてや ちりゆく花に 影やとすらむ

  

        山  家  花

119

山里も 静こゝろなく くらせるは はなの盛りの 日數なりけり

  

        花 下 逢 友

120

咲く花の 木かけを志めて まとゐせむ 志るも知らぬも 同志莚に

莚(むしろ)=わらなどで編んで作った敷物(ござ)。  

        花    浪

121

かせさそふ 花の木かけは 心なき 袖にもよする はなの志ら浪

  

        落 花 随 風

122

さそはれて 遠くちりゆく 櫻かな 風のゆくへの 末見ゆるまて

随(まにま)=まかせて。  

        夕    花

123

色まさる 庭の櫻の ゆふは江は のこる日影の にほひなりけり

  

        見 春 月 思 昔

124

なにゆゑの 袖のなみたそ 春の夜の 月に昔志の 影は見江ねと

  

        春 日 聞 鶴

125

も江そむる 芦まの鶴の もろ聲は 雲の上まて きこ江さらめや

  

        春    祝

126

於ほ惠 あまねきけふの 春雨に 濡れぬ草木も なき夜なりけり

  

127

思ふ事 なくてこそみめ 櫻花 のとけき御代の 春にやはあらぬ

  

        池 水 波 静

128

き志の松 そこの玉もゝ のとかにて なみ志つかなる 春の池水

  

        霞  中  花

129

櫻花 さきにけら志な 於ほ空の かすみも花の にほひなりけり

  

        橋 上 落 花

130

月のみと 於もひかけたる 川橋に けふは花さへ ちり渡りつゝ

  

131

ちりかゝる つゝみの櫻 かせふけは 花を渡せる 宇治のかは橋

  

        馴    花

132

ゆふ月夜 かすむあ志たも なれ/\て 花に盡さむ 春の日数を

盡さむ(尽くさむ)。  

        待    花

133

われ人に またせ/\て さくら花 さかぬほとさへ 永き春かな

  

134

まつほとの 花の俤 つれなさを ふくめる色も にくからねとも

俤(おもかげ)。  

  松 の 落 葉

      夏  歌

        待  時  鳥

135

ほとゝきす まつこの頃は 夏衣 重ねてよをも ふか志つるかな

  

        郭  公  遍

136

ほとゝきす 聲の盛に なりにけり 待夜むな志き 里もなきまて

郭公=ほととぎす  

        遅    櫻

137

ほとゝきす 尋ねわひたる たにかけを 春にかへせる 遅櫻哉

  

        葵

138

葵くさ かけてそいのる 世の中を むか志にかへせ 賀茂の川水

  

139

葵草 けふかけそへて 玉かつら なかき契りを なほやたのまむ

  

        簾に葵かけたる家あり

140

祈れたゝ 二葉にかけて いよ簾 かみと君との 御代にあふひを

簾(すだれ)。  

141

かけ渡す 簾を見ても 君が代に たれもあふひの かけ頼むらむ

  

        夏 月 映 泉

142

夏のよは ほとなき庭の 泉にも よもすから月の 影やとすなり

  

        水 鶏 驚 夢

143

み志夢は 跡なく覺めて 柴の戸を たゝく水鶏の こゑそ殘れる

水鶏(くいな)=クイナ科の鳥。。  

144

たち歸り いかに水鶏の 敲くとも 浮世の夢は さめすやある覽

水鶏の敲く(クイナのたたく)=緋水鶏が高い声で鳴くこと。  

        澤    螢

145

風さそふ 澤邊の草の 夕露に みたれあひても とふほたるかな

  

146

ほたるとふ 淺澤水は 淺けれど 深き於もひや 身をこかすらむ

  

147

夕まくれ 澤べのあ志に 於く露の こほれて飛ふは 螢なりけり

  

148

陰くらき 澤邊のあ志の 下葉より まつあらはれて 飛ぶ螢かな

  

149

なつ艸の 繁き方より 見江そめて 澤邊涼志く とふほたるかな

艸(くさ)=草。  

        麥

150

はな衣 ぬきかえ志日は ほとなきに 門田の麥生 色つきにけり

  

151

志つの男か ゝたほにゑみて 刈いるゝ 麥も秋ある 程そ知るゝ

知るゝ(しらるゝ)。  

152

夕風に さそひ/\て 門ことに むきうつこゑの にきは志き哉

にきは志き哉=賑わしきかな。  

        瀧 五 月 雨

153

水まさる 瀧つ岩根の 姿さへ はれてはみ江ぬ さみたれのそら

五月雨(さみだれ)。  

154

五月雨に またいくはくか 添ぬらむ みつかさまさる 布引の瀧

  

        卯    花

155

たへかたき 暑さならねと 夕風の 嬉志き程や うつきさくころ

うつき=卯木(うつぎ)。  

156

みれはたゝ 嬉志き物を 昔より なにうの花と なつけそめけむ

なにうの花=名に卯の花。  

157

みるかけも なき山里の 垣根さへ ひともこそとへ 卯つき咲くころ

卯つき=卯木。  

        樗

158

は志ゐする 袂涼志き 五月雨に あふち吹こす 風のすゝ志さ

樗(あふち)=センダン。は志ゐ=端居(家の隅近くに出ていること)。  

159

いふせさを ひきあくる窓は 五月雨の あめに樗の 花薫るなり

いふせさ=鬱悒さ(心が晴れない)。五月雨(さみだれ)。  

        寝 覺 時 鳥

160

うたた寝の ゆめの浮橋 とた江志て 山路を渡る 山ほとゝきす

  

161

初こゑを 夢路もたのむ 手枕の ねさめうれ志き やま郭公

郭公=ほととぎす。  

  松 の 落 葉

      秋  歌

        秋   露

162

なにとなく 草葉よりまつ 於きそめて 袖になれゆく 秋乃白露

  

        閑  居  簿

163

いまはとて のかれはてたる 世の塵を 拂ひすてたる 庭の小薄

薄(すすき)。  

164

草の菴は とふひともな志 花すゝき まねく心に まかせはてゝも

菴=庵(いほ)。  

        霧

165

夕露の それさへまたて 秋霧の 志つくそ袖を まつぬら志つる

  

        草  花  早

166

桐の葉も また於ちあへぬ 秋の色を まづ見せそむる 朝顔の花

  

        菊  半  開

167

いまよりの 秋の日かすも 未遠志 花もなかはの 庭の志らきく

  

        聞    雁

168

照るつきに 翅ならへて なく雁は たか玉琴の ねにひかれけむ

翅(つばさ)=翼。  

        夜  聞  荻

169

ひとり寝の 枕さひ志く ふけにけり 軒はの荻の 音はかり志て

荻(おぎ)。  

        庭    月

170

こゝろ志て 疊める岩も せく水も 月見るための 庭にや有らむ

疊める=畳める。  

171

野山より また於も志ろ志 これにのみ 作りな志たる 庭の月影

  

172

秋ことに とめきてこゝに やとり住む 月の庭とも 見ゆる庭哉

  

        雲 収 月 明

173

山のはに ゆふいる雲の 跡もなく ひとりさやけき 月の影かな

  

174

月にうき 雲をはよそに 吹すてゝ のこる嵐は くもらさりけり

  

        社  頭  月

175

くもりなき 神の心や うつるらむ 宮ゐさやけき 月のかけかな

  

176

かたそきの ゆきあいの霜の それならて 影凄ま志き 月の色哉

  

        橋  上  月

177

於ほかたの 往來はた江て かつらきや 月のみ渡る くめの岩橋

  

178

於も志ろき 湯瀬の川橋 ゆき返り 小夜更るまて 月を見志かな

  

        籬  中  月

179

もゝ草の 露のまかきに 秋の夜は 月の花さへ さきそはりつゝ

籬(まがき)=垣根。  

180

またさかぬ 籬のきくの 志ら露に 月の花こそ まつさきにけれ 

  

181

久かたの 月の桂を 結ひこめて まかきのものと なせるよは哉

月の桂(つきのかつら)=秋の月の異称。  

        野  逕  月

182

ぬれてゆく 野邊の草葉の 露なから 袖にともなふ 月の影かな

逕(けい)=小路(こみち)。  

183

浮れ出て たゝなにとなく 面白き はてたに志らぬ 野路の月影

  

        旅  泊  月

184

船はて志 浦わも於な志 秋なれや とまもる月に ぬるゝ袖かな

  

185

つき見つゝ 難波あ志まの 掛り船 浮みともはた 思はさりけり

  

        秋    霜

186

老か身は 火桶戀志き つめたさの めに見江そめ志 今朝の霜哉

  

187

ところせき 露はいつ志か 於きかへて 秋も末のゝ 霜の色かな

  

        夕  紅  葉

188

村時雨 心のまゝに そめな志て ゆふ日にさらす 峰のもみち葉

  

        枕  上  露

189

白露は 草葉よりまつ 於きなれて 枕にさへも あまりぬるかな

  

        天草の船路にて

190

ひとり寝と 於もひさため志 浮床に 嬉志く月の 來て宿りぬる

  

        あその浪野にて

191

こきめくる あまの小舟の 跡もな志 波野のはらの 秋のよの月

こきめくる=漕ぎ廻る。  

        秋    水

192

八束穂の たりほゆたかに せく水の 餘れる秋の 色そたの志き

八束穂(やつかほ)=八握りもある稲の穂。  

  松 の 落 葉

      冬  歌

        千   鳥

193

ゆふ月の また影くらき 芦まより 友まとは志て 千鳥なくなり

  

194

霜かれの 芦間やはやく こほるらむ なく音わひ志き 夕千鳥哉

  

        江  寒  芦

195

難波江の あ志の枯葉に 吹く風を いつ志か春の 夢になさはや

  

196

うら若き 玉江のあ志の 霜かれて 翁さひても 見ゆるふゆかな

玉江=大坂中之島(肥後藩の蔵屋敷があった)。翁さふ=翁障う。  

        枯  野  風

197

いまはめに とまる色さへ なかりけり 尾花か末の 冬の夕くれ

尾花(おばな)=すすき。  

198

風さゆる 霜の枯野は ひと夜ね志 於もかけもなき 草のいろ哉

  

        初 冬 時 雨

199

木枯の 音にはきゝ志 冬のいろを めにみ江そめて ふる時雨哉

  

        落 葉 随 風

200

吹風に 枝をはなれて なか空を なほ時雨ゆく きゝのもみち葉

  

        時 雨 過 易

201

はれにけり 曇にけりと いふまさへ なほ定めなく ふる時雨哉

  

        河  落  葉

202

雨とのみ 川瀬の水に 音たてゝ ふれるは岸の もみちなりけり

  

203

山姫の 心も志らて さそふ水 たかあきはて志 もみちなるらむ

  

        朝    氷

204

いつかたに ゆきてたゝかむ 厚氷 けさは結はぬ 山の井もな志

  

205

志たくゝる 岩間の水の 音は志て 結ひそめたる 今朝の薄らひ

  

        松    霜

206

すさま志く 霜の上ふく 朝風に 松の葉志ろく うちけふりつゝ

  

207

枝寒き ふせやの軒の 松の葉に 於きところなく 結ふ志もかな

  

        竹    霜

208

とり/\に あはれを見せて 笹のはの 青葉さやかに 結ふ朝霜

  

209

けさことに 窓の呉竹 ふく風の さやくは霜の ひゝきなるらむ

  

        あ そ に て

210

夜もすから 寝られぬあその 萱筵 霜の枯野を 敷くこゝ地志て

萱筵(かやむしろ)=カヤで作ったむしろ。  

        落 葉 混 雨

211

さたかには きゝ分ねとも 小夜時雨 半は木ゝの 落葉なりけり

  

212

そてぬるゝ 木葉は時雨 志くれする 音は木葉の 落るなりけり

  

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